11年に最多安打のタイトルを獲得し、選手会長や主将も務めた坂口も、15年は5月に登録抹消後、2軍のままシーズンを終えていた。球団は年俸7500万円の坂口に25パーセントを超える減額を提示し、「この金額か自由契約か選んでくれ」と究極の選択を突きつけた。

 すると、坂口はその場で「今までありがとうございました」と自由契約を選択。「バットとグラブだけ持って野球人として1から勝負したい」と再スタートを宣言すると、11月13日、最初に声をかけてくれたヤクルトに60パーセントダウンの年俸3000万円で入団した。金額の問題ではなく、チームに必要とされ、勝負できる環境があるかどうかというこだわりからだった。

 翌16年、「もうあとがないし、新しい自分をつくれたら」と生まれ変わった気持ちで野球に取り組んだ坂口は、主に1番センターとして141試合に出場、打率.295、39打点を記録し、新天地で見事レギュラー返り咲きをはたした。(文・久保田龍雄)

久保田龍雄/1960年生まれ。東京都出身。中央大学文学部卒業後、地方紙の記者を経て独立。プロアマ問わず野球を中心に執筆活動を展開している。きめの細かいデータと史実に基づいた考察には定評がある。

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