教育熱心では済まされない、親による行き過ぎた教育が「教育虐待」として問題視されている。物心がつくころから、父親による教育虐待に苦しめられてきた当事者の声から、その実態に迫った。AERA 2023年12月4日号より。
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今も、父親が廊下を歩いて部屋に来る足音を覚えている。暴力が始まる前の足音を。
ドスドスドス……。
「怖くて体が硬直して、早く済みますようにと考えていた気がします」
伊藤チタさん(31)は静かに話す。
物心がついたころから、父親から教育虐待という名の暴力を受けてきた。
父親は、苦学して有名大学に入学した。卒業後は弁護士になり、地位と名誉とお金も手に入れた。それが人生の幸せだと信じた父親は、わが子にも同じ道を歩ませようとした。
伊藤さんは小学校に入ると、中学受験専門塾に通わされた。毎週末に模試があったが、成績表が返却されるたび父親がチェックし、第1志望校の合否判定が「B」以下だとモノや拳が飛んできた。ときに、ハンガーや木刀で体を打たれた。「出来損ない」とも罵られた。殴られると痛かったが、自分がダメだから殴られると思い、自身を責めた。専業主婦の母親は、何もできず傍観していた。そして、平日の夜や休日になると、父親は伊藤さんの部屋に来て、暴力を振るった。その時の、父親が廊下を歩く足音が、今も耳から離れないという。
伊藤さんは中学受験に失敗し、第1志望ではない中高一貫校に進んだ。
そのころから、父親は伊藤さんにこう言うようになった。
「早稲田か慶応の法学部に現役で合格しなかったら、死刑やからな」
父親から「死刑」の宣告。伊藤さんは、振り返る。
「あんまりにも聞かされ続けていたせいで、いつしかそれは本物の呪いとなって、身に染み込んでいきました」
高校に進んでも、父親の暴力は収まらなかった。むしろ、大学受験が近づくにつれヒートアップした。突然「成績表持ってこい!」と怒鳴り、成績が悪いと折檻が始まった。暴力によるストレスで成績は伸びず、早稲田大学を受験したが落ちた。