作家、コラムニスト/ブレイディみかこ
この記事の写真をすべて見る

 英国在住の作家・コラムニスト、ブレイディみかこさんの「AERA」巻頭エッセイ「eyes」をお届けします。時事問題に、生活者の視点から切り込みます。

*  *  *

 人類学者デヴィッド・グレーバーの遺作は、比較考古学者デヴィッド・ウェングロウとの共著『万物の黎明』だ。同書の中に「『直線的』時間感覚」という言葉が出てくる。必然論的な、「歴史はどこかに向かっている」という考え方のことだ。

 彼らはこうした思考法を否定する。過去に生きた人々は、歴史に翻弄されたのではなく、自ら歴史を作った。そう想像することが、なぜ奇妙に感じられるようになったのかと問うのだ。

 平等で自由だった原初の人間たちは、文明と所有の概念によって堕落したので抑圧や悪が現れたという考え(ルソー説)も、人間はそもそも互いに殺し合う利己的存在であり、この戦争状態を防ぐために抑圧機構が必要だったという考え(ホッブズ説)も、抑圧の登場は必然だったとする点は同じだ。グレーバーたちは、これら「必然」の物語に当てはまらない考古学的発見を本書で示していく。「直線的」歴史観に閉塞すれば人は未来への想像力を失うと信じるからだ。

次のページ