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 次郎丸家の法事にスズ子が参列したのは、大和が争議で勝ち取った1週間の休暇があったからだ。そこで自分の出自を知り、スズ子はキヌに会いに行った。「ツヤちゃんには感謝しとるんよ。あのままじゃったら、あんたも私も生きてなかったかもしれん。会えるんは年に1度じゃったけど、あんたを抱っこしたら、ほんまに生きる力がわいたわ」と語るキヌ。スズ子は「覚えて、へんわ」「なーんも、知らん」と反応する。戸惑い、それに勝る怒り。そんな感じの台詞回しだった。

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 渡したいものがあると言って奥に引っ込んだキヌを置いて、スズ子は家を出る。「スズ子さん、待って」とキヌが追いかける。短い丈の着物で、ドタドタと走ってくる。黄色の布に包まれた時計を握りしめ、スズ子に握らせようとする。次郎丸家の跡取り(つまりスズ子の実父)の形見だ、すごく高いものらしい、何かあったら金にしろと言われたけれど、ずっとあんたにあげたいと思っていた、と言った。そして、こう続けた。「もしも、何か困ったことがあったら、お金にでも何でもして。うち、アホやから、こんなことぐらいしか考えられんけん」

 形見を渡すという行為を「こんなことしか考えられない」と卑下する。ドタドタと走るさまと重なり、垢抜けなさが心に刺さった。キヌの長男らしき5、6歳ぐらいの男子が、突然現れたスズ子に「お母ちゃんのこと、悪う言うたら許さんけ」と言った。「悪う言う」大人が多いのだろうと察せられ、苦しくなる。

 キヌの人生は、諦念の積み重ねなのかもしれないと思う。それでなくても女性が弱い立場だった時代だ。反撃などせず、諦めを重ね、でもひたすら生きてきた。長男はキヌを守ろうとしている。その存在はキヌにとっての「いい事」に違いない。「見返り」とも「他人からの評価」とも無縁の、純粋な「いい事」。人生には「いい事」もあるし、断ち切られることもある。大和、キヌ。2人の女性がそのことを、静かに教えてくれた。

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矢部万紀子

矢部万紀子

矢部万紀子(やべまきこ)/1961年三重県生まれ/横浜育ち。コラムニスト。1983年朝日新聞社に入社、宇都宮支局、学芸部を経て「AERA」、経済部、「週刊朝日」に所属。週刊朝日で担当した松本人志著『遺書』『松本』がミリオンセラーに。「AERA」編集長代理、書籍編集部長をつとめ、2011年退社。同年シニア女性誌「いきいき(現「ハルメク」)」編集長に。2017年に(株)ハルメクを退社、フリーに。著書に『朝ドラには働く女子の本音が詰まってる』『美智子さまという奇跡』『雅子さまの笑顔』。

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