宮田利男が将棋クラブを営む三軒茶屋の街。外を歩いていると「先生、腕はどうされたんですか」と声をかけられる。転んでけがをしてしまったが、クラブは変わらず開いている(photo 横関一浩)

 現在、宮田は都内で「三軒茶屋将棋倶楽部」を経営している。そこに通ってきた伊藤少年に、宮田は基礎から教え、鍛え上げた。

「高柳の奥さんと伊藤は、ここでよく将棋を指してたんですよ。伊藤が幼稚園ぐらいのときから奥さんが『たっくん、やろう』って。奥さんはそんなには強くないんです。伊藤はもっと強い人と指したかったかもしれない。でもなにも言わずに『はい、わかりました』ってね。ということはその分、私が伊藤にちゃんと教えてあげなきゃいけないんだろうなって思ったんです」

 かつて金が所有していた貴重な将棋盤は現在、宮田が受け継いでいる。

「高柳の娘さんから『どうぞ、あんたにあげる』って言われてね(笑)」

 竜王戦七番勝負さなかの10月10日。伊藤は21歳の誕生日を迎える。

「伊藤の誕生日を初めて聞いたとき『えっ?』と驚いたんです。10月10日は金先生と同じなんですよ。本当にびっくりした。『やっぱり何か縁があるのかな』と思いました」

 本音をいえばもう、伊藤にあれこれ望むことはない。

「『好きなようにやってくれ、自分の思った通りにがんばってこい』としか言えないです。あいつのことだから、タイトル戦はこれっきり、ってことはないでしょうし」
(構成/ライター 松本博文)

※AERA 2023年10月16日号

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