「本当に何も変えるつもりがないなら、経営者を変える必要はないと思うのですが……」
確かに、経営者が変わって何一つ変わらないほうが変だ。
中野さんがセゾン投信を去ったことで、「定期積立プラン」の停止やファンドの解約があった。X(旧ツイッター)では、解約画面がアップされていた。
人生初の失業を経験した中野さんには当初、心身の負担を気遣うメッセージが数多く寄せられていた。その後は、金融業界からファンドマネジャーや投資アドバイザーとしてのオファーが増えた。
「『おめでとうございます』とか、『これで自由に仕事ができますね』とか前向きな激励の言葉が多くなり、僕自身の心も変わっていきました。もうちょっとがんばってみようか。残りの人生を自分のためだけに生きるのももったいない、と思うようになりました」
2023年9月でぴったり60歳になる。還暦ということでキリもいいし、もう一回、運用会社をイチからつくろう。
中野さんが新しくつくった運用会社の名前は「なかのアセットマネジメント」。「きれいで素敵な、理想の運用会社にする」そうだ。
「顧客本位ということに本当の意味で理解を示す株主に出資してもらいます。たとえばメガバンクのような大きな会社の資本が入ると、どうしても『色』がついてしまうので、正真正銘の独立系運用会社にしようと思います」
現段階では2~3本の投信の設定を考えているという。国際分散投資ができるグローバル型と、日本株の有望銘柄を厳選するアクティブ型と。
意外にも、「必ずしも直販ありきとは考えていません」。どういうことか。
「セゾン投信を立ち上げた17年前は、直販にせざるをえない環境でした。手数料目当ての回転売買が横行していた時代です。
今では金融行政のよい方向性がそれなりに浸透しています。僕の理想の長期投資を実現するパートナーシップさえ構築できれば、直販にこだわる理由はなくなりました」
直販が生み出す価値は大きいが、時代の変化により必須条件ではなくなったということだ。
「信託報酬は労力に見合った最低限の分をいただきます。
販売手数料に合理的な理由はないので、新しい運用会社の投信でも取りません。
販売手数料を取る金融機関ともお付き合いしません」
「岸田文雄首相は資産所得倍増プランを掲げていますが、資産運用業界が顧客本位に徹することが、日本の生活者が豊かさを享受できるようになるための条件です」
「中野ファンド」が運用業界に新しい風を吹き込もうとしている。
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中野晴啓(なかの・はるひろ)/1963年生まれ、東京都出身。1987年、明治大学商学部を卒業後、クレディセゾンに入社。2006年にセゾン投信を設立。2007年、社長に就任。バンガード・グループなどと提携し、「長期・つみたて・分散」に適した投資信託を設定。低コストで運用できるよう、販売会社を介さず、直販で取り扱ってきた。長期投資の素晴らしさを啓蒙し続けてきたため「つみたて王子」の異名も。2023年6月、セゾン投信の社長を「不本意に退任」(本人談)。今秋、個人投資家にとって最もいい形の運用会社「なかのアセットマネジメント」の社長として再始動
編集/綾小路麗香、伊藤忍
※『AERA Money 2023秋冬号』から抜粋