「将棋人間だった」
そう軽妙に語る鈴木さんには、今とは「別の顔」があった。以前はジムに通うなんて考えられなかったという。
「何ごとも将棋目線で考えてきた将棋人間だったんです」
将棋のことを常に考え、将棋の価値観でしか物事を考えられない生き方を続けてきた。だからこそ、というべきなのか、二刀流に切り替えてからの最大のメリットは「マンネリ化を払拭できた」ことだったと鈴木さんは言う。
「プロにとって最も怖いのはマンネリ化です。僕も正直、将棋の世界でマンネリ化を意識したこともありました。それが麻雀プロになって、スケジュールがタイトになり体力的にもきつくなる半面、将棋との向き合い方に新たな刺激が得られたことは一番の収穫です」
対戦や対局のない一日のスケジュールはこうだ。午前5時頃に起床後、自宅で1~2時間、詰将棋をする。その後、近所のジムでトレーニング。午前10時~午後5時まで将棋の「研究会」に出席し、対面で実戦をこなす。二刀流を始める前はこのあと帰宅し、実戦での対局結果を振り返り、AIによる棋譜解析を行っていた。
二刀流になってからは、午後6時から11時ごろまでプロ同士で卓を囲む「セット」と呼ばれる麻雀の勉強会に参加している。その後、帰宅して1時間、詰将棋やAI研究に充ててから就寝。脳が休まる暇もない過密スケジュールだ。
それでも「麻雀に時間の半分を割くようになってから、将棋の盤の前に座るとリフレッシュした状態でいられることに気づいたのは思わぬ副産物でした」と振り返る。
将棋の公式戦は月3、4回、麻雀も月4回以上ある。これに、9月からは1日2局の対局が週4日ある麻雀の「Мリーグ」も加わった。オーバーワークではないのか。そう尋ねると、鈴木さんは「自分でもちょっと心配です」とこぼした。ただ、これも大事な人生修業だと言う。
「数年後に振り返った時、今の時間の使い方は効率的ではなかった、と反省する点も出てくると思います。でも、正解が何かを知るのはもう少し先でいい。いまは日々懸命に新しい環境でもがいてみる。そのことが楽しく、時間を有効に使う糧にもなっていると感じています」
将棋も麻雀も一生かけても極めきれないような道だ。それをあえて二つ選んだことに一点の悔いもない。(編集部・渡辺豪)
※AERA 2023年10月2日号