東京メトロ広報部は、マナーについては法に基づく規定がなく、「個々のモラルに依存しているのが現状」だという。

 けれども、さしみちゃんは、鉄道会社に伝えたいことがある。

「優先エレベーター前の床の色をピンクに変えたりして、目立つ工夫をしているところもあります。鉄道各社はバリアフリー料金の値上げをしました。だからこそ本気で取り組んでほしい」

 さしみちゃんは第一線で活躍するグラフィックデザイナーだ。床の色を変え視覚的にアピールするのは効果的だろうと思った。スマホを見つめる人の目にも入るだろう。

 JR原宿駅方面に歩いた。人混みだが、道行く人はほぼ同じ方向を目指し、歩調もゆったり。それでも、車椅子の目線は通行人より70~80センチは低い。

「平日の例えば品川駅だと、私は速足で歩く人の視界に入らない。ぶつかったり、私の上に降ってくることもあります」

 小雨が降ってきた。さしみちゃんは鮮やかなピンク色の傘を開いた。髪色とおそろいだ。

「ピンクの傘で、『ここにいるぞ』って主張してます」

 この日の目的地のひとつは、アットコスメトーキョー。コスメやスキンケア用品を取りそろえる大型店舗だ。

「ドラッグストアは狭いので、結構アットコスメに来ます」

 確かに店内は広々している。店員が巡回しているから、声もかけやすい。2階に上がる鏡付きのエレベーターもある、貴重な買い物スポットだ。さしみちゃんは目線の先にあるゴールドのアイシャドウを手に取った。

「これ、ラメがかわいくないですか! って、こういうのを何十個も持ってるんですけど(笑)」

 残念なのは、肝心の売れ筋の棚が見づらいこと。人気1位の棚は、歩く人に合わせて設定されている。首を上げて見上げ、商品は手を伸ばすか、車椅子から立ち上がらなければ手にとれない。

アットコスメで。人気1位の商品の棚は手が届かなかった(撮影/家老芳美)

 コスメを試せるように各所に置かれた鏡も、さしみちゃんは届かない。

「鏡に自分が映らないんです。デパートもそうですが、どの鏡にも私はいなくて、私は存在しないのかなと思う時があります」

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