著者は『テルマエ・ロマエ』で知られるマンガ家。同作は主人公が古代ローマと現代日本の風呂を行き来するユニークな物語だが、国内外の風呂文化のことをきちんと調べて描いているという学究的な側面もあり、他に類を見ない知的エンタメ作品として人気を博した。タイムスリップ×風呂、どうしたらこんな組み合わせが思いつくのか? 本書を読んで彼女の人生を知れば、その答えが見えてくる……だけでも十分面白いのだが、彼女が人生の折々に出会った本の話が実に読ませる。
北海道の大自然のなかで暮らしていた幼少期に読んだのは『ニルスのふしぎな旅』や『宝島』。フィレンツェで絵の勉強をはじめた17歳の心に響いたのは、安部公房やガルシア・マルケス。のちの『テルマエ・ロマエ』誕生と密接な関わりを持つ星新一や小松左京も大好きな作家だという。文芸誌「早稲田文学」の編集委員をなぜ務めているのだろう?と思っていたが、本書を読んで納得した。マンガ家としてより、本の虫としての時間をより長く生きているのだ。
「たとえ今、自分のそばに、自分の気持ちを分かち合える人がいなくて、孤独の中にいるとしても、本の中にはいるかもしれない。本の中にいるその人と対話することで、自分が感じている漠然とした寂しさみたいなものが、自分ひとりのものではないことを、人は知るのだと思います」……作家紹介、作品紹介を超えて「人間にとって読書とは何か」を語る視野の広さ、懐の深さは、ただただかっこいい。
海外を転々としながら暮らす彼女は「閉塞感を感じたら、とりあえず移動してみる。旅をしてみる」ことを勧めているが、移動できない人のことを見捨ててはいない。読書で心を旅させなさい。読書はあなたの人生を支えてくれるよ。そんなメッセージがじわじわと伝わってくる。売れているから読むのでも、役に立つから読むのでもない、「生きていくための読書術」が、ここにはある。
※週刊朝日 2015年5月8―15日合併号