「よく似たもの同士だからです。暴力への志向、自己愛、敵を周囲の者を使って毒殺しようとする点。これらがプーチン氏と共通しており、彼はプーチン氏のエゴを一部、代替する存在になっていったのです」

 言い換えれば、プーチン氏が暗に求める汚れ仕事を引き受けるようになった、ということだろう。

ワグネルの兵士と肩を組むプリゴジン氏=ウクライナ・バフムト市で。テレグラムチャンネル「プリゴジン・ChVKワグネル」より

 それだけにプリゴジン氏の死の謎は深い。彼は、反乱後、2カ月も自由にロシア国内外を移動していた。その間、プーチン氏は一度、プリゴジン氏と面会した。ザハロフ記者は関係筋の話として、「その際、プーチン氏はプリゴジン氏に、身の安全の約束を与えた」と伝える。だが、それでもなお反乱の2カ月後、彼らの乗った搭乗機は墜落した。

 プリゴジン氏の反乱をめぐり7月、米国CIAのバーンズ長官が「プーチンは報復の『使徒』。プリゴジンがこのまま逃げられるとは思えない」と述べた。

 ロシアでは、要人やジャーナリストの暗殺事件が次々と迷宮入りしてきた。

 エリツィン大統領の辞任時にプーチン氏以外にも後継候補として名前があがっていたネムツォフ元第1副首相の射殺(2015年)。ノーベル平和賞をその編集長が受けた「ノーバヤ・ガゼータ」紙で活躍していたポリトコフスカヤ記者の射殺(2006年)。いずれも下手人の名前はあがったものの、暗殺の指示をした「トップ」が誰かは分かっていない。

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大統領のメンツをつぶした