事件の現場になったナンテール・プレフェクチュール駅の近くの広場。花束と「ナエルのために正義を」との言葉が掲げられている(撮影/柳下雄太)
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「自由・平等・博愛」をかかげるフランスだが、内実は深刻な問題を抱える。パリ在住のライターが、6月に暴動が起きた現場を歩いた。AERA 2023年9月4日号より。

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 アルジェリア系フランス人、17歳のナエル・Mが警官に射殺されたことをきっかけに、フランス各地に暴動が広がって約2カ月。一時は治安の悪化が叫ばれたフランスだが、現在はすっかり平静を取りもどしたかに見える。現場となったパリ北西部の郊外の街、ナンテールも一見平穏な空気に包まれているものの、事件そのものはまったく風化していない。その証拠に、そこかしこに「ナエルに正義を」や「暴動はナエルのため」といった落書きが残されており、現地の専門家も、きっかけさえあれば暴動はまた起きるだろう、と口をそろえる。

バンリューにみる格差

 それはなぜか。この事件は日本では「フランスの治安の悪化」という観点から紹介されることが多かったようだが、パリ、マルセイユといった大都市を囲むようにして形成されている、公共住宅地帯の多い地域「バンリュー」に関する知識なしに事件の本質はつかめない。

 歴史的に旧植民地出身の移民を吸収してきたのがバンリューであり、行政用語で都市計画優先地区とよばれるこれらの地域では、2020年の統計で失業率が全国平均の2・5倍、貧困率は3倍近い水準に達する。このゆがみは若者世代にのしかかっており、15〜29歳の失業率が3割を超え、子どもの貧困率は6割近い。この問題に詳しい弁護士のジャン=ピエール・ミニャール氏は「バンリューの若者たちはここからなかなか脱却できず、社会から排除されているという閉塞(へいそく)感を抱えている」と語る。「自由・平等・博愛」を国是とするフランスにあって、バンリューの経済、教育、人種的な格差は長年社会をむしばんできた課題であり、いわばフランス共和国の死角なのだ。

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