犠牲者のナエルが住んでいた公共団地パブロ・ピカソ近くの別の公共団地(撮影/柳下雄太)

警察の差別に国連勧告

 このような状況にさらに拍車をかけているのが警察の人種差別や暴力である。正確な統計はないが、ここ数年でナエルをふくめ何人もが犠牲になっており、黒人やアラブ人の若者は時に根拠なくおこなわれる警察の身元確認の格好のターゲットになっている。身元確認といっても身体的暴力や人種差別的侮辱をともなう荒っぽいもので、簡単に暴力的な事態に発展する。取材中にナエルが住んでいた団地で出会った21歳の黒人男性も、「身元確認は日常茶飯事で、夜道を歩いているだけで警察がやってくる。僕がナエルのように殺されることもありえた」と語る。警察の人種差別について前出のミニャール氏はこう指摘する。

「彼らは第2次世界大戦中にユダヤ人の摘発に関わり、アルジェリア独立戦争でも独立派の弾圧をおこなった。これらの歴史を引きずっている」

 特に問題があるとされるのが警察の組合。イデオロギー的に移民排斥を掲げる極右と近く、6月の事件のあと暴動に参加する若者を「害虫」と呼んで問題になった。ちなみにこれは大戦中にヴィシー政権がユダヤ人を指して使った言葉である。

 結果、国連からフランスの「警察の構造的人種差別」について「深刻な懸念」を示される事態になったが、必要とあればストライキに訴える組合の政治力が強すぎるため、政府は彼らにものを言えない状況である。6月の暴動はこのような文脈で起きたわけだが、自身もバンリュー出身で若者支援にかかわる団体の責任者、ヤジッド・ケルフィ氏は残念そうにこう語る。

「バンリューの若者は公権力を信用していないし、自分たちがこうむっている問題を政治的な運動にする文化的資本がない。ただ暴動を起こせば社会から注目され、ものが変わるきっかけになる。だからこの手段に頼るんだ」

「人権の国」を自任するフランスだが、ナエルの事件から見える現実はもっと複雑である。(フリーライター・柳下雄太(パリ))

AERA 2023年9月4日号