幼児2人と妻を連れて連日ピケに来るアダムさんは、俳優以外の仕事を探している。
同じくエキストラのサマンサ・エヴェレットさんは、SAG組合員の7割以上はエキストラという。
「例えばカフェのシーンで主演俳優の周りで、声を出さずに会話をしているかのように演技するなど、エキストラはスターらが演技しやすい環境を作っている。エキストラが演技していない人工的に作られた背景は、素人が見ても『おかしい』と感じるはず」
と、エキストラの重要性を強調する。現在は、ハリウッドなどで撮影する三つの映画製作が延期になったままだという。
人間性守る闘い
ハリウッドのベテラン女優サマンサ・マティスさんは、製作会社側の全米映画テレビ製作者協会(AMPTP)と交渉する委員会の一員だ。交渉は7月12日から決裂した状態だという。AMPTPは、AI俳優を使用する場合、日当の半分を支払う提案をしており、再使用料についてはふれていない。しかし、組合側は「AI俳優」使用の際、(1)俳優の同意を得る(2)作品契約ごとではなく、使用回数で「再使用料」を支払う、ことを要求しているという。再使用料の金額は、この2点で合意した上で検討する。
「AI利用は、モラルの問題であり、人間性を守る闘い。人類が簡単にAIに置き換えられてもいいのか、という点で製作者側に何の思慮もない。恐ろしい世界だ」と厳しい表情だ。
交渉の見通しは、全く不透明だ。AMPTPに属さない独立系映画や海外で撮影される映画に出るため、オーディションに通う俳優も多い。前出のカサノバさんは、友人らとビデオ製作に取り掛かっている。
両組合のストで、テレビの新番組製作は2シーズン、期間にしてほぼ2年にわたって行われない見通しだ。テレビ局の経営への打撃も大きい。
また、カメラマンや技術陣、ヘア・メイクアップアーティスト、スタジオ周辺のレストランなどのビジネスまでがストの犠牲になっている。AIが奪っているものは計り知れない。(ジャーナリスト・津山恵子(ニューヨーク))
※AERA 2023年8月28日号