虚偽公文書作成罪における「虚偽の文書」の範囲は曖昧であり、結局のところ、検察の判断によるところが大きい。検察が、自らの組織的犯行が疑われた虚偽捜査報告書作成事件と財務省の決裁文書改ざん事件とで、虚偽公文書作成罪の成立範囲について、明らかに異なった判断を行った場合、そのような検察の判断の是非が公判で厳しく争われることは必至だ。
陸山会事件での虚偽捜査報告書の作成が、「東京地検特捜部が組織的に、虚偽の捜査報告書を作成して検察審査会を騙したことが疑われた事件」であったのに対して、森友学園に関する決裁文書の問題は、「財務省が、組織的に決裁文書を改ざんして、国会を騙そうとしていたことが疑われる事件」であった。両者は、「組織の内部文書によって外部の組織を騙そうとしたことが疑われる事件」である点で共通していた。
財務省の決裁文書改ざん事件についての不起訴が、一般人の常識に反する不起訴であるとしても、陸山会事件での「虚偽公文書作成罪」についての判断を前提にすれば、検察が起訴する可能性は、もともと極めて低かったのである。
2018年6月4日、財務省は「森友学園案件に係る決裁文書の改ざん等に関する調査報告書」を公表した。注目されたのが、決裁文書の改ざんに佐川理財局長がどう関わっているのか、という点だった。
その点に関しては、報告書では、以下のように記載されている。
国有財産審理室長から総務課長に対し、(決裁文書に)政治家関係者からの紹介状況に関する記載がある旨の問題提起があり、(中略)理財局長(佐川氏)は、当該文書の位置づけ等を十分に把握しないまま、そうした記載のある文書を外に出すべきではなく、最低限の記載とすべきであると反応した。
政治家や安倍昭恵氏との関係について、佐川氏が部下から報告を受けたときの話だが、「反応した」という何とも曖昧な表現が使われており、具体的にどのような言動があったのかは明確に書かれていない。
佐川氏は、「最低限の記載とすべき」という原則論を言っだけで、具体的に改ざんについて言及していないと弁解したのであろう。そのような「最低限の記載とすべき」という「理財局長の反応」が、総務課長から国有財産審理室長、近畿財務局と下りていくなかで「そのような記載はそのまま放置することはできない」という趣旨に忖度され、「改ざんしろ」という具体的指示に変わっていったという趣旨であろう。
「原則論」を示して、部下に忖度させることで改ざんを実行させたとすれば、一番卑怯なやり方だ。
調査報告書には、誰が何をどうしたのか、核心部分の事実関係は明確には書かれていない。財務省は、そのような曖昧で不明確な報告書で、「決裁文書改ざん」という前代未聞の組織的不祥事への批判をかわそうとしたのである。
郷原信郎 ごうはら・のぶお
1955年生まれ。弁護士(郷原総合コンプライアンス法律事務所代表)。東京大学理学部卒業後、民間会社を経て、1983年検事任官。東京地検、長崎地検次席検事、法務総合研究所総括研究官等を経て、2006年退官。「法令遵守」からの脱却、「社会的要請への適応」としてのコンプライアンスの視点から、様々な分野の問題に斬り込む。名城大学教授・コンプライアンス研究センター長、総務省顧問・コンプライアンス室長、関西大学特任教授、横浜市コンプライアンス顧問などを歴任。近著に『“歪んだ法"に壊される日本 事件・事故の裏側にある「闇」』(KADOKAWA)がある。