そのような消極論は、「虚偽の文書」という刑法の文言解釈から当然出てくるものではなく、理論上の根拠があるわけでもないし、判例上明確になっているわけでもない。そういう意味では、虚偽公文書作成罪の成否は、事実上検察官の判断にかかっていると言ってよい。検察が、虚偽公文書に該当すると判断して起訴すれば、裁判所が「文書の基本的な内容に変更はない」として無罪判決を出すことは考えにくい。
財務省の決裁文書改ざんは世の中から厳しい批判を受けていた。それが、虚偽公文書作成罪で処罰されないのはおかしい、納得できない、という世の中の常識や圧倒的な世論を受けて、もし検察が虚偽公文書作成で起訴した場合、検察の判断を否定することは考えにくく、裁判所が有罪判決を出す可能性が高いと考えられた。しかし、それでも、私は、検察が虚偽公文書作成罪で起訴することはないとほぼ確信していた。
それは、その約6年前に、検察が、陸山会事件での虚偽捜査報告書作成という自らの「虚偽公文書作成罪」の事件に関して行ってきた判断との関係だった。
■陸山会事件での虚偽の報告書作成
陸山会事件とは、小沢一郎衆議院議員の資金管理団体「陸山会」が、東京・世田谷の土地取得をめぐり、虚偽の収支を政治資金収支報告書に記入したとされた事件だ。
東京地検特捜部の小沢氏に対する捜査の過程で、元秘書の石川知裕氏(当時衆議院議員)の取調べ内容に関して、検察審査会に提出した捜査報告書に、事実に反する記載が行われていた。この問題で、2012年6月27日、最高検察庁は、虚偽有印公文書作成罪で告発されていたT検事(当時)、当時の特捜部長など全員を、「不起訴」とした。
この事件は、東京地検特捜部が、虚偽の捜査報告書を検察審査会に提出し、検察審査会を騙してまで小沢氏を「起訴すべき」との議決に誘導した「前代未聞の事件」だった。検察審査会に「強制起訴」された小沢氏に対して、東京地裁が2012年4月26日に無罪判決を言い渡したが、その中でも、「検察官が、公判において証人となる可能性の高い重要な人物に対し、任意性に疑いのある方法で取り調べて供述調書を作成し、その取調状況について事実に反する内容の捜査報告書を作成した上で、これらを検察審査会に送付するなどということは、あってはならないことである」「本件の審理経過等に照らせば、本件においては、事実に反する内容の捜査報告書が作成された理由、経緯等の詳細や原因の究明等については、検察庁等において、十分、調査等の上で、対応がなされることが相当であるというべきである」と、検察を厳しく批判した。