6月に史上最年少で名人位を獲得した将棋の藤井聡太七冠は、先日も棋聖戦を4連覇し、前人未到の八冠にまた一歩近づきました。AERAに連載した棋士たちへのインタビューをまとめた『棋承転結 24の物語 棋士たちはいま』(松本博文著、朝日新聞出版)では、渡辺明九段をはじめ多くの棋士が、藤井七冠との対局の印象を語っていて、小学生だった頃やルーキー時代からタイトルを獲得していった現在まで、藤井七冠の軌跡が感じられます。2022年11月21日号に掲載された佐藤天彦九段のインタビューは、藤井七冠の脅威的な強さを「読みの能力が突出している。『先が見通せない? じゃあ読めばいいじゃん』みたいな」と、独自の「貴族語」で語ります。(本文中の年齢・肩書はAERA掲載当時のままです)
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2018年。将棋界の頂点にいた29歳の佐藤天彦名人は、15歳のスーパールーキー・藤井聡太四段と対戦した。
「一般的な見方では、名人と四段の対決はこちらが格上ですし、藤井さんが挑戦する立場になるのでしょう。しかし当時の自分の専門家的な目線でいえば、既に藤井さんは自分より格下でもありません。力的にはもう同じぐらいか、上回られていてもおかしくないと思っていた。当時、将棋界は本格的にAI研究に移り変わるとき。新しい将棋をしっかり身につけた藤井さんに対し、ちょっとついていけていない自分も感じていました」
勝ったほうが朝日杯ベスト4に進むという大きな一番。愛知県出身の藤井にとってはホーム名古屋での公開対局だった。
「こちらが後手番で横歩取りという戦法を採用したのに対して、藤井さんはしっかり応じて押さえこんだ。横綱相撲みたいな将棋です。私が投了した瞬間、すごい歓声が聞こえてきました(笑)。そういう経験はほとんどなかったので、印象的です。観戦されているファンの方々は『わあ、名人に勝った!』と感じられたのでしょう。しかし自分からすると、普通に同格か、むしろ今この瞬間でいえば向こうのほうがいけてる状態で、自分が負けたと感じた。そういうギャップもありました」
藤井は佐藤名人、羽生善治竜王(現九段)、広瀬章人八段(35)と錚々たる相手を連破。史上最年少で、全棋士参加棋戦初優勝を飾った。
「こちら側も萎縮してたわけではないですけど、プレッシャーは感じていたのかもしれません(笑)。社会現象を巻き起こし、実力的に今までにないものを持ってる人が出てきたときに、受けて立つ側はなかなか大変というか」