6月に史上最年少で名人位を獲得した将棋の藤井聡太七冠は、先日も棋聖戦を4連覇し、前人未到の八冠にまた一歩近づきました。AERAに連載した棋士たちへのインタビューをまとめた『棋承転結 24の物語 棋士たちはいま』(松本博文著、朝日新聞出版)では、渡辺明九段をはじめ多くの棋士が、藤井七冠との対局の印象を語っていて、小学生だった頃やルーキー時代からタイトルを獲得していった現在まで、藤井七冠の軌跡が感じられます。2021年9月27日号に掲載された木村一基九段のインタビューでは、史上最年長タイトル獲得者である木村九段が史上最年少タイトル獲得者の藤井七冠を「よく考える人」と評します。(本文中の年齢・肩書はAERA掲載当時のままです)
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2019年。木村一基は豊島将之王位に挑戦。最終戦を会心の一局で締め、七番勝負を4勝3敗で制した。
「『ああ、終わった』という感じでしたね。勝ったらついてくるようなものは、対局中には考えていません。こうやったら詰むとか詰まないとか、そういうことだけです」
局後のインタビュー。涙もろい木村は泣かないように気をつけていた。しかし家族のことを聞かれてダメだった。
「妻が朝、弁当を作っている光景を思い出してしまって……。人はとっさに何が思い浮かぶのか、わからないですね。そのときに妻や娘たちが私を置いてトルコ旅行に行ったことを思い出せば泣かなかった。王位挑戦を想定していないから重なっちゃって、『やめるともったいないから行ってくれば?』って言ったら、本当に行っちゃった」
46歳での初タイトル獲得は、従来の史上最年長記録を大幅更新。木村の快挙は多くのファンから祝福された。しかし木村自身は、そう自慢にはならないという。
「取る、取らないとでいえば、取れたことはうれしい。でも取った中では劣等生ですかね。次のタイトル争いにもからめませんでしたし」
20年。木村に挑戦してきたのは、将棋界の主たる最年少記録を次々と更新している藤井聡太(七番勝負開幕時点で17歳)だった。
「自分が若いときに比べても、よく考える人だな、と思いました」
抜群の才能を持つ藤井は、要所では集中力を発揮して読み抜いていく。木村は4連敗で王位を失い、史上最年少二冠を許した。
ほどなくNHK杯という注目される舞台で両者は再戦。そちらでは木村が勝利した。
「負け続けだったので、一局勝ててほっとしました。藤井さんは将棋界の主役でしょう。対局の完成度とかを見ても、今後も彼を中心に回っていく感じがします。私は藤井さんと当たることだけを特別に意識しているわけではありません。何人もいる相手のうちの一人ですから。誰との対戦でも、どれだけ自分なりの準備ができ、どれだけの手が指せるかにかかっているので」