
6月に史上最年少で名人位を獲得した将棋の藤井聡太七冠は、先日も棋聖戦を4連覇し、前人未到の八冠にまた一歩近づきました。AERAに連載した棋士たちへのインタビューをまとめた『棋承転結 24の物語 棋士たちはいま』(松本博文著、朝日新聞出版)では、渡辺明九段をはじめ多くの棋士が、藤井七冠との対局の印象を語っていて、小学生だった頃やルーキー時代からタイトルを獲得していった現在まで、藤井七冠の軌跡が感じられます。2021年9月6日号に掲載された将棋実況の名手としても知られる藤森哲也五段へのインタビューでは、藤井七冠が歴史的名手「▲4一銀」を指した際の「名実況」をはじめ、将棋実況する際の心構えを明かしました。(本文中の年齢・肩書はAERA掲載当時のままです)
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藤森哲也の名は勝負強くなるようにと『麻雀放浪記』の主人公の名にちなんでつけられた。しかし哲也は、自身には勝負師として足りないものがあると感じる。
「ゲームは好きです。でも他の棋士に比べると自分はガッツはないほうだと思います」
新人王戦、準優勝2回。加古川青流戦、準優勝1回。以上が哲也の主な実績だ。順位戦ではもっとも下のC級2組にとどまっている。
「順位戦で夜の時間帯になると、周りの人たちの執念を感じます。自分が新人王戦に出ていた頃の『どうしても勝ちたい』という気持ちが続いていれば、C級2組は抜けていたと思います」
藤森が努力を怠ってきたわけではない。実戦トレーニングを数え切れないほどこなし、地力を培ってきた。
「詰将棋もたくさん解いてきました。でも好きではないんです。藤井聡太さんはうれしくて楽しくて詰将棋を解いている。そこで実力の差が生まれてくると思います」
160人ほどの現役棋士の中でタイトルを争うことができるのは、ほんの一握り。渡辺明名人(37)、豊島将之竜王(31)、藤井二冠。そして藤森と同じ蒲田将棋クラブ出身である永瀬拓矢王座や広瀬章人八段ら、いずれもずば抜けた才能の持ち主ばかりだ。
「プレーヤーとして10年やってきて、自分の立ち位置、周りの人との力関係はわかってきました。棋士はたとえ『自分はトップにはなれない』と思っても、勝負師だから口に出さない。でも私が名人になれるかと言ったら、残念だけどなれないんです。そこで自分がどういう将棋を指して納得していくかを考えています」