戦後70年の今年、安倍晋三首相がどんな談話を出すか、世間は興味津々(あるいは戦々恐々)だ。
 浅田次郎『日本の「運命」について語ろう』は人気作家の講演録だ。多くの歴史小説を書いてきた著者は、冒頭近くで、明治維新から60年の昭和3年(1928年)に〈過去六十年を振り返るという国民的な運動〉があったことを紹介する。
 当時は維新を体験した世代が残っており、さまざまな証言を集められ研究が進んだ。しかし〈その後、私たちは日本の近・現代を振り返ってきたでしょうか〉。第二次大戦に関しても〈きちんと振り返って「あの戦争はどういうことだったのか」と見直されていない気がします〉。
 こうして徳川時代、明治維新、大正モダニズムの時代などが浅田流の解釈で講じられるのだが、おもしろいのは江戸時代の評価である。〈何といってもこの間、外国と戦争をしていません。ということは戦死者がいない〉。内戦も開府直後の島原の乱と幕末の戊辰戦争だけ。〈二百六十余年、戦争をしなかった政権など、世界中、有史以来どこを探してもありません。つまり徳川幕府が優れていたと言っていい〉
 この件で、意外に重要だったのが参勤交代だ。300におよぶ藩の武士が大行列を組んで江戸と地元を行き来することで、街道や宿場の整備が進み、文化交流によって地域経済が活性化する一方、軍事力は大幅にそがれた。幕末の参勤交代の廃止は幕府の求心力だけでなく、江戸の経済をも崩壊させてしまった……。
〈私はこの平和な時代に学ぶ姿勢が、今も必要だと思いますね〉と語る著者。江戸時代を学ぶ意味は二つ。〈ひとつは現代につながる考え方や社会のありようを知ること。そしてもうひとつが、平和な時代が続けられなくなった理由について考えることです。/すなわち、それは国家と国民の運命を知ることなのです〉
 戦後70年は2度目の「戦争をしない時代」だった。この記録を私たちはどこまで更新できるだろうか。

週刊朝日 2015年4月3日号

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