ひとりで生きるのすら精一杯な今の時代、子どもを産むことまで考えられない、むしろ産むつもりはないと考えている人もいるのではないでしょうか。今回紹介する『わっしょい!妊婦』の著者・小野美由紀さんもかつてはそのひとりでした。同書では冒頭から「子どもを産む気なんて、ぜーんぜん、なかった。」とぶっちゃけます。
「だってほら、子育てって、ものすごく大変そうだし。仕事だって楽しいし」(同書より)
それが不思議なもので、35歳で結婚した途端、「入道雲のようにむくむくと湧いてきたのは『子どもを持ちたい』という欲望だった」(同書より)といいます。同書はそんな小野さんが、子どもをつくると決めてから出産するまでの一部始終を記した妊娠出産エッセイです。
妊娠すると、まずは自身の体の変化に戸惑う人も多いかもしれません。たとえば、妊娠初期にやってくるつわりには、自分の体であるのに自分の意思ではどうしようもできない心地悪さを突きつけられます。
「こんなにハードな日々が『子を産む女の誰もが通過する当たり前のこと』として、世界中に溢れている――ということ自体が、この年まで『ままなる体』で生きてきた人間にとっては衝撃だった」(同書より)
これまで自分の思いのままに自由に動けていたこと、そして自分の意志や努力があればどれだけでも高みを目指せていたことが通用しなくなる――。つわりに限らず、こうした「ままならなさ」を感じることが妊娠中にはよくあります。これまでの小野さんは、できないことは恥ずかしいことであり、できなくなったら負けだと思い、ひたすらてっぺんを目指していました。けれど、それは「健常者―強者」の恵まれた立場の思考であることに思い当たります。
子どもができたことで、じわじわと「できない自分」を受け入れることとなった小野さん。すると、助けを求める自分に応えてくれる人は多く、「できない自分にも社会は意外と優しい」ということに気づきます。
「私は弱くて狭量で、自分勝手な人間なので、もしこの経験がなかったら、きっと一生、Y軸のみの価値観の中で、上だけを見て生きていただろう」
「自分も、社会も多面体であり、決して一元的な価値観の中では測れないことを、私は身体的弱者になって初めて知ったのである」(同書より)
これらの言葉は、多様な人々が尊重されるべき今後の社会において、誰もが心に留めたいものだと感じます。
ほかにも、精子検査や出生前診断、夫婦の関係、産む場所の問題などについても赤裸々に描かれている同書。個のストーリーになりがちな妊娠出産をわかりやすく示すとともに、妊婦の目を通して見える現代社会を描き出した一冊は、このハードモードな社会で生きるすべての人たちへの賛歌として心に響くのではないでしょうか。
[文・鷺ノ宮やよい]