冒頭で紹介した原子時計が基にしているのは、セシウム133原子の基底状態の二つの超微細準位の間の遷移の周波数である。なお、最初の原子時計は1949年に米国国立標準局の研究所(現・NIST)で作られ、今日でも米国では公式の時刻を示すものとされている。

■時間は空間と融合し、人類は「現在」を見失う

 長い間、時間は、主観的かつ個人的なものと考えられてきた。しかし、ガリレオやニュートンなどの「科学者」と呼ばれる人たちの登場により、時間は物理現象のパラメーターとして、個人とは切り離された存在となった。

 飛行機が飛び始めた頃もまだ、時間はどこにいても一定であると信じられていた。しかし、アインシュタインがすべてを変えたのである。

 ガリレオによる「時間計測の革命」から3世紀も経たないうちに、新たなる革命が起こった。それが、アインシュタインの相対性理論だ。

 それを簡単に言うならば「ある慣性系で同時に起こる二つの事象が別の慣性系では同時に起こらない可能性がある」という。つまり、移動している人と静止している人では、流れる時間が異なるというのだ。私たちはもう、共通した「今」を誰かと話すことはできない。

 近代哲学などでも「時間」と「空間」は、それまで全く別物と考えられてきた。しかしこの両者を、「時空」という概念でまとめ上げたうえで、距離や移動速度、質量など無関係に思えるものが、時間にどのような影響を与えているのかを明らかにしたのが、アインシュタインの功績だと言えるだろう。まさしく、時間の「相対性」だ。

 その後、超高精度な原子時計による実証実験の結果、地表から離れるとわずかではあるが時間の流れが速いことなども観測された。たとえば、そうした研究のおかげで、GPS(全地球測位システム)の精度は担保されるようになった。

 人類が探究してきた「時間」という見えないものを可視化しようとする営みは、私たちの日々の生活を支えているのである。

●著者:ピエロ・マルティン
イタリアのパドヴァ大学の正教授。専門は、実験物理学(熱核融合)。物理学の進歩に貢献した人物として、アメリカ物理学会で「フェロー」に選出されている。国際雑誌に120 本以上の科学論文を執筆し、パドヴァでのRFX 実験、欧州特別委員会の「ユーロフュージョン中型トカマク」など、大規模な国際研究プロジェクトの科学責任者を務める。

●訳者:川島 蓮
翻訳・通訳者、文化人類学およびジェンダー学研究者。オーストラリア国立大学博士号取得(PhD., International, Political and Strategic Studies)。NHKワールドニュース同時通訳、在日本メキシコ大使館、国連女性開発基金(UNIFEM、現UN Women)勤務、イタリアのローマ・サピエンツァ大学非常勤講師などを経て、現在に至る。

●執筆者:富山佳奈利
総合電機メーカー、宇宙航空研究開発機構(JAXA)等を経て、2016年よりサイエンスライターとして活動。数多くのインタビュー記事を執筆し、過去21冊以上もの書籍出版に協力した実績がある。