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19世紀に誕生した世界初の実用的な写真技法「ダゲレオタイプ」は、銀メッキした銅板の表面を磨いて写し撮ることから「銀板写真」とも呼ばれる。
長年、ダゲレオタイプで撮影を続けてきた新井卓さんに実物を見せてもらった。
手渡された銀板は手のひらに収まるサイズながら、ずっしりとした重みを感じる。そこに写ったイセエビは鈍く光り、目にする角度によって陰影が反転する。さらに青みがかったり、うっすらと黄色く見えるのが不思議だ。
写らないから撮り続ける
ダゲレオタイプの技法は1839年、フランス人・ルイ・ジャック・マンデ・ダゲールによって発表された。
銀板の表面を鏡のように磨き、そこに気化したヨウ素と臭素をあてる。すると、表面に感光性のある「ハロゲン化銀」の膜ができる。それを中判、もしくは大判カメラにセットして撮影。水銀の蒸気で現像すると像が浮かび上がる。定着液につけて像を固定し、水洗、乾燥をへて写真が完成する。
180年以上前の「古典技法」と侮るなかれ。ダゲレオタイプの画像の尖鋭さは現代の写真にまったく引けをとらない。
ただ、それを写すのには非常に手間がかかる。しかも、「技法が繊細というか、基本的に写らないんですよ。例えれば、焼き物にちかい感じで、うまく写るかどうかは、やってみないとわからない。だからこそ、ダゲレオタイプで撮り続けているともいえるんですけれど」。
新井さんがダゲレオタイプに取り組んでからもう20年になる。しかし、今でも写らないことが普通にあるという。
「ダゲレオタイプは環境が変わると写らなくなるんですよ。先日、フィンランドに撮影に行ったのですが、2週間、1枚も写らなかった」
新井さんは原因を一つひとつ探った。
「銀板の磨きが不足しているのか、空気中の湿度が原因なのか、それとも薬品がダメになっているのか。もしかしたら未知のファクターかもしれない。原因をしらみつぶしに洗い出していくのですけれど、二つの組み合わせだったりするので、なかなか原因をつぶしきれない。この作業は、本当に苦痛です。その間、宿代はどんどん少なくなっていくし、どうしようかと思った」
ダゲレオタイプに挑戦してみたいという人はそれなりにいるそうで、新井さんのもとには毎月1~2回、問い合わせのメールが届く。
「それで、やり方を全部教えてあげるんですが、ほとんどの人は挫折してしまいます」