写真はイメージです(GettyImages)
写真はイメージです(GettyImages)
この記事の写真をすべて見る

*  *  *
 都内にあるメーカー本社で、部長を務める田村美咲さん(仮名・44)。数年前に卵子凍結したが、今年に入ってから保管していた卵子を廃棄する決断をした。複雑な思いだったが、同時に「これでやっと産むかどうかという長い迷いから解放されて、次に進むことができる」と安堵も広がったという。

 卵子凍結のきっかけは、不妊治療を経験した友人の勧めで受けた「AMH検査」だった。AMH検査とは、年齢とともに減っていく卵子が、卵巣内にどれぐらい残っているかを推測する血液検査のこと。田村さんは生理痛がほとんどない体質で、過去に婦人科系のトラブルがあったこともない。趣味で長年ランニングを続けていることもあり、体力には自信があるほうだ。30代後半になっても漠然と、「私は40代でも出産できる」と思っていた。

 ところがAMH検査の結果を見て、愕然とした。田村さんの結果は、同世代の標準値と比べてかなり低く、医師から「閉経間近の数値」だと説明されたのだ。医師は、子どもを持ちたい思いがゼロではないのなら、卵子凍結も一つの選択肢だと続けた。パートナーはいなかったが、いつか子どもは欲しいと思った。日々の忙しさにかまけて、先延ばしにしてきた問題が、突然目の前に立ちはだかった。

 検査を受けたのは、転職を2カ月後に控えた時期。ちょうど有給休暇消化中で、まとまって休みが取れるまたとない機会だった。転職すれば、また忙しい日々が始まる。善は急げと採卵手術に踏み切り、15個の卵子を保存した。

 パートナーができたのは、それから半年後のことだった。相手は40代後半の年上の男性で、前妻との間に子どもが1人いる。仕事熱心で、グルメで、サーフィンが好きな人。彼と一緒に過ごす時間は楽しく、自然と「この先の人生を一緒に過ごしていきたい」と思えた。1年ほど交際し、同棲するようになった。

次のページ
部長職の昇進の打診……ふと頭をよぎるが