2019年の東レ・パンパシフィックでの加藤未唯選手。コートの隅に立つのがボールパーソンだ
2019年の東レ・パンパシフィックでの加藤未唯選手。コートの隅に立つのがボールパーソンだ

 コートの中に球があればいいが、フェンスの外に出てしまうと探しに行くのはボールパーソンの役目だ。試合球の8球中1球がロストボールするうえ、コートにいるボールパーソンは6名から5名に減る。「なんで、そっちに打ってんだよ!」と叫びたい気持ちで、心の中で舌打ちしながら球の行方を追うこともあるという。

「日本で行われる国際大会でボールパーソンを任される大学のテニスサークルに所属していたので、普段からラリーの練習のときには8球で回していました。試合で通用するボール回しができるように練習はとてつもなく厳しかった。大学1年生の練習は、ほぼ球拾い。4年生の先輩のところに球がいっても拾ってくれないんです。1年生がとにかく走って拾ってました」

 今回、全仏の騒動では加藤選手の返球がボールガールに直撃してしまったが、話をしてくれたボールガール経験者も球が当たったことがあるという。

「1991年のセイコー・スーパー・テニスという大会でクロアチアのイワニセビッチ選手の試合のボールガールをやりました。世界屈指のビッグサーバーで最速220キロともいわれている選手です。そのイワニセビッチ選手がサーブを打ち、サービスボックスをわずかに外れフォルトになった球が右太ももに当たりました。頭部や眼球に当たりそうならばよけますが、胴体ならば当たったほうが自分の目の前に球が落ちるので、ロストボールになることもなく探す必要がないのでよけるという選択肢はなかった。しかし、痛い! 試合中はプレーを妨げる行為はできないので、声をあげずに、体はややくの字になりつつも姿勢は崩しませんでした」

 試合終了後、球が当たったところは濃い紫色のあざになっていて、翌日は手のひら大に広がっていたそうだ。全仏のボールガールは球が直撃したあと、泣き出したと報じられているが、「痛かったのもあるかもしれないけれども、プレーを中断させられないという緊張感の方が強かったのかもしれない」と推察する。

「世界四大大会のボールパーソンは、例えば、ウインブルドン選手権では大会前年の10月から訓練をし、4月になると芝のコートで球を転がす練習を週4日するそうです。日給日本円で2万円と聞いたことがありますが、私がやったボールガールは日給6400円でした。朝の集合時間も早く、遅刻は厳禁。遅刻したら2度と声をかけてもらえません。試合終了までなので拘束時間は長く、毎回、脚はバキバキの筋肉痛。大会でボールパーソンが着用したテニスシューズやウエア、タオルなどが大会終了後に山分けするのは楽しかったですね。振り返ると、結構、精神的にも肉体的にも重労働なのに、よくやっていたなと思います。一流選手のプレーだけでなく、試合に向かう選手の感情までもが手に取るようにわかる場所での仕事はなかなか味わえない経験でした」

 加藤選手はテニス界を巻き込む失格騒動を跳ね返し、混合ダブルスで4大大会初優勝を果たした。しかし、加藤選手はボールガールに対しての危険行為による失格を不服とし提訴しているため、この騒動との闘いはまだまだおさまりそうにもない。(AERAdot. 編集部)

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