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笠井爾示(ちかし)さんが写真集『Stuttgart(シュトゥットガルト)』(bookshop M)で日本写真協会作家賞を受賞した。
受賞作は4年前、家族旅行でドイツの地方都市シュトゥットガルトを訪れた際、母親の久子さんを撮影した写真をまとめたもの。ページをめくってすぐに気がつくのは、久子さんの体が著しく変形していることだ。おしゃれな洋服がそれを際立たせている。
久子さんは自身の体について、「慢性関節リウマチは厄介な病だ、とつくづく思う」と、ブログにつづっている。
<もう50年近くこの病と付き合ってきた。足の指、かかと、膝、頚椎、さまざまな不具合を修理修繕し、さまざまな薬を飲んできても、ジワジワと関節が崩壊し、変形し、カラダの機能が失われていく>(笠井久子さんのブログから)
「私のことは撮らないのね」
「撮影のきっかけは、もう10年以上前のことなんですけれど、母親とささいな会話をしたんです。そのとき、『あなたはいろいろ写真を撮っているけれど、私のことは撮らないのね』みたいなことを言われた。それは『私を撮りなさい』というわけではなくて、なんとなく言っただけだと思うんですけれど、ぼくの頭の中にすごく引っかかった」
笠井さんは東京・国分寺の実家に帰ったとき、記念写真的に母親の姿を写したことはあったが、「母親を撮ろう」と意識して撮影したことはなかった。
「写真を見てのとおり、うちの母親って、関節という関節が曲がっている。これはものすごくセンシティブな言い方なんですが、ある意味、被写体としては面白い……。久子さんは、ぼくが写真を撮ると言っても、何とも思わないというか、ひるむような性格じゃあ、ないんです」
母親の言葉が「ずっと頭の片隅にあった」ものの、体が不自由な人を撮ることに対して別に葛藤があったわけではないという。
わかりやすぎるテーマ
「でも10年間、撮影を実行できなかったというか、しなかったのは、体の不自由な母親を息子である写真家が撮る、というのは、わかりやすぎるテーマだな、と思ったからなんです。果たしてそれを写しても面白いのかな、という疑問をずっと抱いてきた」
さらに「撮れるものが自分の中ではもう見えすぎちゃっていたんですよ」とも言う。
「実家に帰って、そこで過ごしている母親の写真を撮るとするじゃないですか。近所を散歩している姿とか。でも、ぼくは普段から『こういう絵が撮りたい』と想定して撮ることはないんです。絵が先に見えちゃうものにはあまり興味がない」
それに実家で母親を写すと「湿っぽい写真になっちゃう」のも嫌だった。
「それはどうしても避けたかった、というか。そういうものにはしたくないっていう気持ちがあった。そんなわけで10年もの間、母親を撮ることを意識的に避けていた。それで、結果的に家族旅行でシュトゥットガルトに行ったときに撮影した」