また、金正恩氏は21年1月に発表した国家経済5カ年計画の一環として、25年までに平壌に計5万戸の住宅を建設する事業を推進している。平壌市の人口は250万から300万人程度とされるが、住宅事情が逼迫し、市民の不満の主要原因になっていた。14年に脱北して米バージニア州に住む元労働党員、李ヒョン昇(ヒョン=火へんに玄、リヒョンスン)氏によれば、2LDKのアパートに2世帯が入り、風呂とトイレと台所を共用することが日常茶飯事になっていた。
このため、15年ごろまでは、金主(トンチュ)と呼ばれる新興富裕層が、「絶対にもうかる商売」としてアパートを次々に建設していた。北朝鮮では住宅は国有で、個人間の売買は禁じられている。金主は党や政府、軍の幹部に建設したアパートの部屋を無償で提供するなどして、事業を黙認してもらっていたという。
■国家統制を強化する一方、金正恩総書記の健康不安も
ところが、こうした事業にストップをかけたのが金正恩氏をかつぐ強硬派だった。李ヒョン昇氏によれば、強硬派たちは「すべての政策は最高指導者から始まる」を合言葉に、国家統制を強化した。金主たちはアパート建設事業からの撤退を余儀なくされ、国家主導のアパート建設が取って代わったという。
金正恩体制は目標貫徹のため「速度戦」「万里馬運動(1日に1千里を駆けると言われた伝説の千里馬よりも速い速度で事業を行うという意味)」を掲げた。住宅建設には軍人のほか、大学生も動員されている。
李氏は「安全基準も守らず、素人が作った家は危なくて、誰も入居したがらない」と語る。
国家情報院は5月31日の報告で、北朝鮮が4月、睡眠導入剤に使われるゾルピデムなどを集中的に集めたとし、「金正恩氏は重大な睡眠障害に苦しんでいると考えている」とした。国情院は、正恩氏がアルコールとニコチンへの依存度を高め、さらにひどい不眠症に苦しむという悪循環に陥る可能性に注目しているとした。5月16日に登場した正恩氏は、目にくまがくっきりと浮かび、体重もAI分析で140キロ台半ばと推測されたという。昨年末以降、金正恩氏の前腕などに引っかき傷が確認され、国情院はアレルギーとストレスの組み合わせだと分析しているとした。
北朝鮮のパク・サンギル外務次官は5月29日、「もし、日本が過去にとらわれず、変化した国際的流れと時代に即して互いをありのまま認める大局的姿勢で新たな決断を下し、関係改善の活路を模索しようとするなら、朝日両国が互いに会えない理由はない」とする談話を発表した。
別の脱北した元労働党幹部によれば、北朝鮮は現在、バイデン米政権と対話する考えはない。朝鮮中央通信は4月30日の論評で、米国を「悪の帝国」と呼び、米韓同盟強化を訴える韓国の尹錫悦(ユンソンニョル)大統領を「逆徒」とののしった。
偵察衛星発射も日本への秋波も、北朝鮮国内の行き詰まりをそのまま反映した動きと言えるだろう。(朝日新聞記者、広島大学客員教授・牧野愛博)
※AERA 2023年6月26日号より抜粋