■打ち上げを繰り返すことで、衛星の能力も向上する
また、衛星の管制と通信の問題も残っている。偵察衛星は通常、地上300キロ程度の低軌道に打ち上げられ、残った空気の抵抗によって衛星が減速、地表に落下する危険が常にある。データ中継衛星を持たない北朝鮮の場合、衛星が朝鮮半島周辺の上空に来ないと撮影した画像を受信できない。
シュマーラー氏は「北朝鮮がプラネット・ラボやマクサーの技術に追いつくには長い時間がかかる」と語る。自衛隊の元幹部によれば、日本が03年に初めて情報収集衛星を打ち上げた当時は、ほとんど焦点が合わない写真ばかりだった。打ち上げを繰り返すことで精度も向上する。日本は米民間衛星の能力に追いつくまで10年以上の時間がかかった。国際社会による制裁を受けている北朝鮮は、それ以上の時間が必要になる。
では、なぜ北朝鮮は軍事偵察衛星の運用にこだわるのか。
朝鮮中央通信によれば、金正恩(キムジョンウン)氏は5月16日に軍事偵察衛星1号機を視察したほか、4月18日には国家宇宙開発局を訪れるなど、衛星開発に強い関心を示してきた。北朝鮮が15年5月に公開した「衛星管制総合指揮所」は、金正恩氏の公邸のすぐそばにある。
正恩氏は従来、軍の近代化の必要を訴え、軍装備の「無人化」「知能化」「精密化」などを指示してきた。21年1月の党大会で国防5カ年計画を発表し、「軍事偵察衛星の運用」を主要な柱に据えた。
北朝鮮は16年から始めた「国家経済発展5カ年戦略」に失敗している。現在の国防5カ年計画は、国家全体の5カ年計画のなかで重要な位置を占めており、再び失敗することは許されない状況にある。
また、金正恩氏は4月に国家宇宙開発局を視察した際、「気象観測衛星、地球観測衛星、通信衛星の保有を先占目標に定め」るよう指示した。
北朝鮮は地球温暖化の影響もあり、近年たびたび大規模な風水害に見舞われている。
朝鮮中央通信は5月24日、今年のエルニーニョ現象が引き起こす災害に対処する北朝鮮の活動を伝えた。エルニーニョ現象が起きた15年には、中朝国境地帯の羅先市で大規模な洪水被害が発生した。北朝鮮当局は大規模な自然災害により、食糧不足が加速化し、疫病などを発生する可能性を懸念している。衛星により北朝鮮周辺でのエルニーニョ現象や台風の接近などの情報を得ることもできるだろう。(朝日新聞記者、広島大学客員教授・牧野愛博)
※AERA 2023年6月26日号より抜粋