その文字の力を使い数秒で書店店頭で目にとまるようにする。だから、帯の文句がだらだらとたくさん書いてあったり、「○○××推薦!」と他の本につけても成立してしまうような有名人頼みの帯原稿を見るとがっかりする。その本でなくてはならない言葉を選べよと思う。

3、一人の共感が得られればいい

 共感を得ることができるか、というのは大事な視点だ。しかし、緒方はそれは40人のクラスだったらば1人でいいのだという。39人が無視してもひとりが共感すればいい。大勢の共感を得ようと思うと失敗する。

4、芸術家へのリスペクトを

 ある画家との仕事が自分にとっての転機になったという。その画家は心を病んでいた。自分との仕事が再起のきっかけになればとの思いもあったが、それは果たせなかった。が、緒方が関わったその装幀の装画だけは、緒方の目の前で描いた。筆を持つ手が震えていた。

 その仕事がなぜ、緒方にとっての転機となったか、緒方はうまく説明ができなかったが、私はそれを芸術家へのあくなき尊敬だと感じた。装幀家はその芸術家の繊細な魂をそれでも「商品」にしていくのだ。

下山 進(しもやま・すすむ)/ ノンフィクション作家・上智大学新聞学科非常勤講師。メディア業界の構造変化や興廃を、綿密な取材をもとに鮮やかに描き、メディアのあるべき姿について発信してきた。主な著書に『2050年のメディア』(文春文庫)など。

週刊朝日  2023年5月26日号

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下山進

下山進

1993年コロンビア大学ジャーナリズム・スクール国際報道上級課程修了。文藝春秋で長くノンフィクションの編集者をつとめた。聖心女子大学現代教養学部非常勤講師。2018年より、慶應義塾大学総合政策学部特別招聘教授として「2050年のメディア」をテーマにした調査型の講座を開講、その調査の成果を翌年『2050年のメディア』(文藝春秋、2019年)として上梓した。著書に『アメリカ・ジャーナリズム』(丸善、1995年)、『勝負の分かれ目』(KADOKAWA、2002年)、『アルツハイマー征服』(KADOKAWA、2021年)、『2050年のジャーナリスト』(毎日新聞出版、2021年)。標準療法以降のがんの治療法の開発史『がん征服』(新潮社)が発売になった。元上智大新聞学科非常勤講師。

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