「お お おはよう」(竈門禰豆子/15巻・第126話「彼は誰時・朝ぼらけ」)
太陽を克服した時に、禰豆子が最初に発した言葉である。鬼という生き物が「太陽」を徹底的に忌避しなくてはならない性質を持つ一方で、人間としての「生」は常に太陽とともにある。命が生まれる春のおとずれも、人間としての生の復活も、「太陽」がそれを象徴している。
みずからが鬼化を望んだ者たちは、「まだ死にたくない」、「このままでは生を終わらせられない」というある種の執着を持った人間だった。しかし、愛する者との思い出、他人を傷つけたくないという優しい気持ちが、鬼化による激情から「人間の心」を守る。禰豆子には、彼女の「人としての幸せな生」を強く願う兄・炭治郎がおり、無惨には彼を愛してくれる人がいなかった。あれほどまでに「生きたい」と言った、鬼舞辻無惨の真の願いは、本当に丈夫な体だったのか。死なないことだったのか。
今後、鬼滅の物語が進む中で、鬼舞辻無惨の1000年の孤独と、彼が心から望んだものが何だったのか、少しずつ明らかになる。
◎植朗子(うえ・あきこ)
1977年生まれ。現在、神戸大学国際文化学研究推進センター研究員。専門は伝承文学、神話学、比較民俗学。著書に『「ドイツ伝説集」のコスモロジー ―配列・エレメント・モティーフ―』、共著に『「神話」を近現代に問う』、『はじまりが見える世界の神話』がある。AERAdot.の連載をまとめた「鬼滅夜話」(扶桑社)が好評発売中。