そういう背景もあり、自分の性に違和感のある人が外科手術をせずとも性別変更できる制度が、北欧など人権先進国といわれる国では取られてきている。実際、性別に違和感があったとしても、生殖器を不能にするまでの外科手術を望む人ばかりではない。乳房だけ取りたい(作りたい)という人もいれば、ホルモン治療だけしたいという人もいるし、服装を変えるだけでいいという人もいる。週末だけ女性(男性)として街を歩きたいと願う人もいる。花の名がついた「女の子っぽい」名前から、男名と分かるものに変えることだけで、生活の質が変わったと満足する人もいる。そういう人たち全てを総称して「トランスジェンダー」と呼ぶような流れが世界的に合意されてきている。本人の「性自認」が優先されるべきだというリベラルな考えだ。

 今月13日、性的少数者への理解増進を目的としたLGBT法案が衆議院で可決された。性的指向によって差別されるべきではないという、ごくごく当たり前のことを目指したものだが、政府案をめぐり与野党で議論が炸裂した。複雑だったのは、性的指向だけではなく、「性自認」(後に「性同一性」と変わり、最終的に「ジェンダーアイデンティティ」となった)という言葉が入ったからだ。トランスジェンダーへの理解を深めるためのものだが、「性自認」の定義が明確でないことが指摘された。

 セクシュアリティーとはそもそもグラデーションのなかにあるものだが、「トランスジェンダー」と総称される人たちも相当な濃いグラデーションを生きている。少し前ならば「女装家」と自らを名付けていた人たちもいれば、「自身を女性として想像することで性的に興奮する」という性的嗜好を持つ人もいる。「性自認」は、性的指向はもちろんだが、体の性別、性的嗜好を問わない。

 LGBT法案について様々な声が飛び交うなか、まさに議論の種になるようなことが起きてしまった。三重県津市の女性浴場で入浴していた男性が建造物侵入の疑いで逮捕されたのだ。逮捕されたその人は、「自分は女性だ」と主張しているという。特殊な例かもしれないが、性自認が優先される社会ではこれからも起こりうることだろう。体をベースに分けられているスペースで、「心の性」「性自認」はどのように理解されるべきなのか。

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LGBT法案に反対の声