作家・北原みのりさんの連載「おんなの話はありがたい」。今回は、衆議院で可決されたLGBT法案について。
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日本では長い間、性転換手術(性別適合手術)が許されなかった。法律上、厳密に禁止されていたというよりは、今から約60年前(1964年)に男性から女性への性転換手術を3人に行った医師が逮捕されたことをきっかけに、医療がその分野から一斉に手を引いたためだ。果敢にファーストペンギンになり逮捕されたのは、都内で開業していた産婦人科医師だった。当時の銀座には「ブルーボーイ」と呼ばれる性を売る「男性」たちが街に立っていたという。日頃から彼女たちの声を聞いていた医師が一人に外科手術を施し、その成功を聞いた他のブルーボーイたちも医師のもとを訪ねた。その結果、医師は生殖能力を不可逆的に不能にした優生保護法の罪に問われることになった。
日本で「治療」として公的な性転換手術が行われたのは、事件から30年以上後の1998年だ。今でも手術費の安い海外に行く人は少なくない。また、日本の医療はこの分野を封印してきたため、技術も、その後のホルモン治療についても、海外にだいぶ後れを取ってきているともいわれている。というより、どの国で生きていたとしても、性転換手術やホルモン治療など、人類にとってはまだまだ分からない領域を現在進行形で当事者たちは生きている。子宮と卵巣を摘出し男性ホルモンを投入してきた友人は、その後の十数年にわたって更年期障害と同じ症状に苦しむことは、全く知らなかった。男性ホルモンを打ってすぐに髪が薄くなってしまうことなども、聞かされていなかった。胸を切除したら酷いやけどの痕のようになってしまい、人前で上半身裸になれない人もいる。何より、術後の継続的なホルモン治療を続けながら思わぬ副作用に苦しみ、「どのくらい生きられるのか」という不安を抱えて生きている当事者は少なくない。