振り返って見れば、萩野に初めて勝ったときも、前評判は高くなかった。幼少期から同世代を圧倒し続けてきた萩野が負けるなんて、誰も予想していなかった。だが、瀬戸は萩野に勝った。ともに中学2年生で出場した2008年の夏の全国JOCジュニアオリンピックカップで、瀬戸は最後の自由形で萩野を引き離し、当時の日本中学記録で萩野に初めて勝利し、金メダルを獲得してみせたのだ。

 そして、今回だ。確かに今年の世界選手権で、絶対的王者となったマルシャンに勝つのはかなり難しい。前評判を覆してきた瀬戸であったとしても、世界選手権福岡大会での金メダルは難しいかもしれない。

 でも、それで良いのだ。瀬戸も世界選手権での金メダルは欲していない。今回の世界選手権で目標に掲げているのは、本当のゴールであるパリ五輪の400m個人メドレーでの金メダルに向けて、自己ベストを更新するというステップを踏むことだからである。

 東京五輪後、質はもとよりどこよりも泳ぐ練習量で有名な加藤健志コーチの門を叩いた。加藤コーチに師事して1年経ったが、まだ加藤コーチがやりたいことの半分もできていないという。ただ、瀬戸の表情にも、加藤コーチの表情にも一切の悲壮感は感じられない。なぜなら、ふたりの間で目指すべきゴールが明確に共有されているからである。

 パリ五輪でマルシャンを倒し、金メダルを獲得するためにはクリアせねばならないことは多い。そのひとつが、平泳ぎへの対応であった。マルシャンの400m個人メドレーのラップタイムを見てみると、明らかに平泳ぎのレベルがほかの選手に比べてずば抜けており、瀬戸もここで3秒前後の差をつけられている。ここが大きな課題でもあったが、瀬戸はそれをしっかりとクリアしてきた。2022年12月の世界短水路選手権で、短水路世界記録まであと0秒19に迫るハイレベルなタイムで金メダルを獲得したのである。

 瀬戸は、着実に前に進んでいる。今年の世界選手権では、もう一歩先に進んでいることを証明するためにも自己ベストを更新し、「過去最高の自分を超えたい」と意気込む。

「夏にベストを出す事ができれば、秋からマルシャンとの勝負に向けた最後の強化に入っていける。そのためにも、まずは世界選手権で過去最高の自分を超える泳ぎを見せたい」

(文・田坂友暁)