書き出しに時間を費やしたこともあるが、冒頭が決まると最後までストーリーを書き終えることができ、当初選定した12句からの変更はなかったそう。

「短編は、切れ味が勝負。説明が長くならないように気をつけました」

 俳句の作り手からは、「あの句がこんな物語になるなんて」「自分が見た光景や場面が小説の中に入っていて嬉しい」などの感想が寄せられた。

 続編では、小説にする句を広く募って投句してもらっても面白いかも、と想像を膨らませている。

「今はまだ自分の手の内のカードで勝負している感じ。これからも多くの句に触れる中で、自分では思いつかなかった、思ってもみなかった短編が、引っ張り出されたら良いなと思っています」

 最後に、宮部さんが詠んだ句を教えてもらえないかと尋ねたところ、はにかんで披露してくれた。

「福耳の赤子と眠る大みそか」

 宮部さんの姪に、子どもが生まれた喜びを表現した一句だ。

「お正月が季語の『福耳』を大みそかに用いたことで、新年が良い年になりますようにという思いが伝わってくると、俳人の方にちょっと褒めていただけました」

 還暦、そして作家歴36周年にして「俳句×短編小説」という新境地を見せてくれた宮部さん。ミステリー界の巨匠は、今後も私たちを驚かせてくれそうだ。

(フリーランス記者・小野ヒデコ)

AERA 2023年6月19日号