■人間の願望と「鬼化」の関係

 あらゆる鬼は、鬼化後にも人間時代の性格を残しており、とくに願望や欲求にまつわるところは、肥大化する傾向がある。鬼の総領・鬼舞辻無惨は、病弱だった身体に思い悩み「完全な肉体」に執着している。下弦の伍・累(るい)は、「健康な体」と、鬼になった自分のことも愛してくれる「家族」を追い求めた。下弦の壱・魘夢(えんむ)は、夢、とりわけ「悪夢」に対する探究心が強かった。上弦の伍・玉壺(ぎょっこ)は、子どもの死体への執着と、独特な美意識が強く、上弦の肆・半天狗は、保身のためのうそをやめることができない。

 では、玄弥が鬼化した時は、彼のどのような感情が肥大化したのだろうか。

■玄弥が完全に鬼化しない理由

 炭治郎が鬼化した玄弥とはじめて接触した時、玄弥は柱になりたいと言った。それはなぜか。

「俺 才能なかったよ 兄ちゃん 呼吸も使えないし 柱にはなれない 柱にならなきゃ 柱に会えないのに 頑張ったけど 無理だったよ」(不死川玄弥/13巻・115話「柱に」)

 玄弥の願いは、兄・実弥に会いたい、ただそれだけだった。どんなにいらだっても、どんなに凶暴化しても、玄弥が口にするのは、その願いばかり。

 不死川兄弟が鬼殺隊を目指す原因になったのは、「母親の鬼化」と、実弥による「母親殺し」の事件だった。実弥の行動は、玄弥を守るためのものだったにもかかわらず、混乱していた玄弥は、実弥に対して「人殺し」と叫んでしまう。玄弥はそれをずっと後悔しつづけていた。

「酷いこと言ってごめん 兄ちゃん」「ごめん兄ちゃん」「俺は兄ちゃんの弟なのに!!」……まるで子どもだった時のままに、実弥のことを兄ちゃん、兄ちゃんと呼ぶ玄弥は、もう一度兄の笑顔がどうしても見たい。

 他の鬼たちとは異なり、玄弥の心には兄・実弥のことしかない。鬼殺隊柱にまでのぼりつめた兄を救える弟になりたいという強い意志が、玄弥を完全なる「鬼化」の手前で押し留めているのだ。

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遊郭の鬼・堕姫と妓夫太郎との共通点