それなのに、一人で爆弾を準備し、聴衆という同じ選挙民をも傷つけかねない行為に出ることは一般庶民の考え方とあまりにかけ離れている。なぜ彼がそういう行動に出たのか。たった一人で。
かつてこうした行動に出る者は、考えを同じくする同志や、仲間との共謀が多かったが、今は一人でやる。その方法しかないと彼を追いやった絶望感を思うと、そら恐ろしい。思いつめたその方法論から、引きもどしてやることがなぜ出来なかったのか。
うまくいけば選挙制度への疑問を提起し、世の中を変えていくかもしれなかった若者を、一人過激な方向に追いやってしまった責任は、私たちにもあるのではないか。
奈良の安倍元首相殺害の犯人も一人だった。そうした追いつめられ孤立した若者は数多くいる。その一人一人が膝をかかえて何を考えているのか。
罪は許されるものではないが、その心を理解できなければ、また同様な事件を生むことになるのは間違いない。
下重暁子(しもじゅう・あきこ)/作家。早稲田大学教育学部国語国文学科卒業後、NHKに入局。民放キャスターを経て、文筆活動に入る。この連載に加筆した『死は最後で最大のときめき』(朝日新書)が発売中
※週刊朝日 2023年5月19日号