NHKの連続テレビ小説「マッサン」は、竹鶴政孝とその妻リタをモデルにしている。おそらくはこのドラマの放映を見こして書き下ろされたのだろう、植松三十里の小説『リタとマッサン』は、視聴者の二人に対する関心にこたえてよく読まれている。
 マッサンこと政孝は、本場スコットランドで学んだ技術を活かして国産ウイスキーの生産に取り組み、後に“日本ウイスキーの父”と称されるようになる人物だ。酒好きの私は、彼がサントリーの創業者である鳥井信治郎に請われて同社の山崎工場を造り、初の国産ウイスキーを生みだしたことぐらいは知っている。後に独立し、北海道の余市でニッカウヰスキーを立ち上げたことも。しかし、その政孝の妻がスコットランドで生まれ育った女性とまでは知らなかった。
 二人は1919年に出会っている。グラスゴー大学に留学していた政孝は、各地の蒸留所にも足を運んで具体的なスコッチ製法を学んでいた。一方のリタは第一次世界大戦で婚約者を亡くし、その哀しみも癒えぬ間に父も喪って失意の渦中にあった。そんな二人がいかに出逢って結婚にまでいたるのか、植松はリタの視点に立って詳細に描く。少々じれったいほど不器用な恋の展開ながら、それだけに、当時としては稀な国際結婚の決断に惹きつけられる。それは、日本でウイスキーを造りたいという政孝の夢に懸けるリタの覚悟の顕れだった。
 翌年、二人はそろって日本の地を踏み、結婚生活をはじめる。ここから夢の実現までの長い時間は、いかにして偉業はなされたかをドキュメントで教えてくれる。読者は、この夫婦であればこそそれが可能だったことを思い知る。
 19世紀の末に遠い異国で生まれた男と女が出会い、その夫婦愛をもって異文化やあらゆる苦難を乗り越えてみせた物語。カバーを飾る二人の写真の間に、〈国産ウイスキーを育んだ夫婦愛〉とあるのは、まさに的を射ている。

週刊朝日 2014年12月19日号