私たちが、中学・高校で学んだ世界史は、「真の世界史」では決してない。それは、西洋史が西ヨーロッパの列強とアメリカ合衆国、東洋史が中国を中心とする「偏った世界史」である。世界はいわゆる旧大陸の「四大文明」だけではなかった。メソアメリカとアンデスという、コロンブス以前のアメリカ大陸の二大文明を十分に語ることなくしては、世界史を正しく再構成できない。なぜならば古代アメリカの二大文明は、旧大陸と交流することなく、「四大文明」と同様に、もともと何もないところから独自に生まれた文明、つまり一次文明を独自に形成したからである。

 そして私たちは今、まさにアメリカ大陸の二大文明の大きな恩恵を受けている。たとえば、アメリカ大陸原産の栽培植物は、世界の作物の六割を占める。アメリカ大陸の先住民は、前8000年ごろから、トウモロコシ、ジャガイモ、カボチャ、サツマイモ、トウガラシ、トマトなど百種類以上の植物を栽培化した。コロンブスらの侵略によって、アメリカ大陸の先住民が栽培化した作物が15世紀以降に旧大陸にもたらされて、世界の食文化革命が起こった。アメリカ大陸原産の植物なくして、私たちの豊かな食生活は成り立たない。

 先史時代の環太平洋地域では、アジアの人びとが拡散して多様な環境に適応していった結果、非西洋型の多様な社会や文明が発展した。アジアの人びとは、1万年以上も前にアメリカ大陸に移住していた。環太平洋の諸文明と環境の研究は、人類が築いた文明の多様性、自然とのかかわりの中で暮らす人間社会の普遍性についての視点や知見を人類史に改めて提供し、ここ500年ほどの西洋中心的な文明史観ではない、バランスの取れた「真の世界史」の確立に大きく貢献する。

 本書は、植民地化され、歴史の表舞台から消された「敗者の文明」、中米メソアメリカのマヤ文明、南米のアンデス文明、先史・原史時代の琉球列島の盛衰と環境を実証的に読み解いていく。筆者らは、文部科学省科研費プロジェクト「環太平洋の環境文明史」(平成21~25年度)で、環太平洋の非西洋型の諸文明(メソアメリカ、アンデス、太平洋の島嶼など)の盛衰と、湖沼の年縞堆積物(湖底で1年に1つ形成される、いわば土の年輪)などを用いて復元された当時の環境との因果関係の有無を明らかにすることをめざした。

 世界に二つの重要な成果を示し、認められたことは特筆されるだろう。福井県水月湖の年縞堆積物の放射性炭素年代測定データから、過去5万2800年まで北半球の全陸域で適用できる年代測定の「ものさし」を確立したことが第一点である。イギリスのグリニッジで計測される時刻が「世界の時刻」の標準であるように、水月湖は考古学、地質学や地球の環境変動を知る「歴史の標準時」の「ものさし」になったのである。この成果を2012年10月に科学誌Scienceで公表し、2013年6月の放射性炭素国際会議で年代測定の世界標準として認定された。この「ものさし」をもとに環太平洋の諸地域で精密な環境変動や社会変動の編年を打ち立てた。

 もう一点はマヤ文明の調査において、グアテマラのセイバル遺跡の大規模な発掘調査で得られた豊富な試料を、放射性炭素年代測定によって計測し、詳細な編年を行った結果、マヤ文明の特徴である公共祭祀建築と公共広場がつくられるのは、従来の学説より少なくとも200年早く、紀元前1000年ごろだったことが明らかになり、研究成果を2013年4月に科学誌Scienceに発表した。

 私たちは、共同研究で、環太平洋の諸社会が、変動する自然環境によってインパクトを受けて単純に「勃興」し「崩壊」するのではなく、自然環境と共生し、あるいは自然環境を破壊しながらも、2000年以上にわたって持続可能な社会を築いたことを実証的に明らかにした。

 たとえばマヤ文明の諸王国では、環境の破壊や変化などに対し、地域間ネットワークを巧みに変化させながら社会の多様性を保って、社会のレジリアンス(回復力)を高めた。

 アンデス文明では、湿潤化や乾燥化といった環境変動に適応するために、居住地を変えるとともに水路などの新しい技術を導入して社会インフラを整備し、ナスカ台地に地上絵を描く社会を継続させた。

 先史・原史時代の琉球列島では、自然環境を破壊し尽くすことなく、環境調和型の生業を1万年以上展開した。

 このように、古代文明は新たな選択肢を見出して社会のレジリアンスを高め、戦争、自然災害や人口問題など、危機を連鎖させないようにした。現代社会にとってきわめて貴重な歴史的教訓がここにある。