ツタンカーメンといっても、カーターが発掘した王墓やミイラの話ではなく、ツタンカーメン本人についての本だ。日本でツタンカーメンが人気なのは、未盗掘の王墓から発掘されたミイラだからとか、マスクがキンキラだからとか言われるが、そういうのはゴタクのように聞こえる。これだけ多くの人が食いつくのは「ツタンカーメンは美少年」だからだ!
 エジプトのファラオの肖像を見ても、単なるオヤジの顔の人や、端正ではあるがつまらん顔の人などが大量にあり、ツタンカーメンほどそそられるルックスは歴史上でも珍しいのだ。山岸凉子先生が『ツタンカーメン』というマンガを描くのもわかるのである(あれはカーターが中心のマンガではあったが、ツタンカーメン本人らしき美形も登場する)。エジプト歴代王でもっとも有名なのに、たいした実績を残さず若くして死んで、いわば「宝物と顔だけ」みたいな扱いになっていた、そのツタンカーメンは実は……! というのだから血湧き肉躍るではないですか。
 とはいえ、アレキサンダー大王みたいな活躍をしたわけではないので、明かされるのは、彼の人となりとか、死因とか、奥さんがどんな人かとかである。びっくりするのは、ツタンカーメンの奥さん(有名な『黄金の玉座』で、ツタンカーメンと仲良くしている絵が描かれている、なかなか美形な奥さん)が、彼と結婚する前に、自分の父親と結婚して出産もしていたようだ、って話だ。ただ、これは何も爛(ただ)れた近親相姦ではなくて、当時のエジプトでは「王が神であるために、神話の世界と同じような結婚をしていたから」という説明に納得する。確かに神話の世界、兄弟姉妹で夫婦とか普通だ。
 ほかにも、死んだあと王朝はどうなったかなどが、古代エジプトの歴史研究者によって細かく書かれていて、そこにはそれほどドラマチックではないけれど、だからこそリアルで、あの美少年が大昔、確かに生きていたことが感じられるのである。

週刊朝日 2013年11月29日号

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