28歳になる野坂梨枝は、母と実家で二人暮らし。地元にあるドラッグストア運営会社に就職し、仕事は順調で何の不満もない。給料はちゃんと貯金できている。帰宅すれば、手の込んだ母の手料理が待っている。
 「けれど時々、子供の頃から眠り続けているこの部屋でまた目覚めなければならないことが無性に嫌になる。狭い穴の底にいる気分だ。同じ天井、同じ家具、同じ部屋の広さ」
 迷い込んだ蜘蛛の始末がつけられない、実直そうなパートの中年男性が出奔。さらには母から見合い写真が持ち出されたことから、無難に生きてきたはずの梨枝の心にざわめきが生じる。そんな時、8歳年下の大学生・三葉くんが現れ、恋が始まる。梨枝は、見て見ぬふりをしてきた呪縛や周囲との関係性、自分の本心に向き合い、葛藤することになる。
 一旦気付いてしまったものは、無視できないほどに膨らみ続ける。三葉くんが時折放つ、本質を射るような台詞に、読み手も梨枝同様に心が揺れる。淡々とした日常とは対照的に、梨枝の心の機微自体が濃密な物語であり、その奥深さに魅了される。

週刊朝日 2013年7月26日号

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