著者は「ディア・ドクター」「夢売るふたり」などで知られる映画監督。過去7年分の文章を集めた本書が初のエッセイ集となる。映画の話はもちろん、吉原で働く女性に取材した話、幼い頃の著者を悩ませたちくのう症の話、香川照之をはじめとする俳優たちの話、父親お手製のカチンコの話……テーマは実にさまざまだ。淡々とした語り口ながら、ユーモアも随所にちりばめてあり、読み進めたいけれど、読み終わるのが惜しいようなものばかり。
自分の気持ちに正直であることも魅力のひとつ。たとえば向田邦子のことを「女に生まれた者として、『向田邦子』はあまりに出来すぎていて、具合が良すぎて、まぶしすぎて、がっくり来るのである」と書いているが、こうした正直さが、読者との距離を一気に縮めてゆく。数々の賞を手にしながら「作るごとに映画はわからなくなる一方だ」と書けてしまうのも正直さゆえであり、妙な謙遜からではなさそうなのがいい。これまで彼女の作品に触れたことがない読者も、人間性に惹かれ、映画を観てみたいと思い始めるに違いない。
週刊朝日 2013年4月12日号