姜尚中(カン・サンジュン)/東京大学名誉教授・熊本県立劇場館長兼理事長。専攻は政治学、政治思想史
姜尚中(カン・サンジュン)/東京大学名誉教授・熊本県立劇場館長兼理事長。専攻は政治学、政治思想史
この記事の写真をすべて見る

 政治学者の姜尚中さんの「AERA」巻頭エッセイ「eyes」をお届けします。時事問題に、政治学的視点からアプローチします。

*  *  *

 ロシアのウクライナ侵攻から1年、停戦の見込みすら立たないまま事態は破局的なエスカレーションに向かいつつあるようです。西側以外の多くの国々がロシアの侵攻に異を唱えながらも中立的な立場を取ろうとする以上、制裁の限界は見えていました。また、西側諸国が「代理戦争」から直接の軍事介入に移れば、第3次世界大戦への引き金になりかねず、米国ですら二の足を踏んでいます。プーチン失脚といったロシアの政変も希望的観測に終わり、世界は混沌とした制御不能の状態に陥りそうです。

 こういう中で動き出したのが、中国です。中国はこの1年間、ゼロコロナ政策で内側を固めることにエネルギーを費やしてきました。それが解除され、反転攻勢に向かおうとしています。中国外交トップの王毅共産党政治局員がプーチン氏と会談し、親ロシア国のベラルーシのルカシェンコ大統領が中国を訪問しています。

 その一方で、中国とウクライナは、戦略的パートナーシップの互恵的な協力関係にあります。今回、米国側から兵器を中国がロシアに供給しているというニュースが流れましたが、ウクライナは「もしそれが行われれば、許しがたい事態である」と警告めいた話はしたものの、真正面から中国を批判していません。

「黒いでも、白い猫でも鼠を捕る猫は良い猫だ」と言ったのはトウ(登におおざと)小平でした。これに倣うなら、平和をもたらすのは米国だって中国だって「良い猫」です。いま必要なことは、戦争が一時停止する状態を作ること。そういう状態を作る国というのは、どの国であれ歓迎すべきです。そこにパワー・ポリティクス(権力政治)をめぐる様々な思惑があることは、当たり前のことです。にもかかわらず、最悪な状態が続いている理由は、政治神学的な善悪二元論に囚われているからではないでしょうか。

 まずは中国がやろうとしていることをもう少し静観してみる。そして中国だけでは難しいとなれば、インドやトルコを加えた3カ国で主導し、そこに西側諸国の参加する円卓会議を開き、一時停戦の状態を続けることが必要だと思います。黒猫であれ、白猫であれ、平和をもたらす猫は良い猫なのです。

◎姜尚中(カン・サンジュン)/1950年本市生まれ。早稲田大学大学院政治学研究科博士課程修了後、東京大学大学院情報学環・学際情報学府教授などを経て、現在東京大学名誉教授・熊本県立劇場館長兼理事長。専攻は政治学、政治思想史。テレビ・新聞・雑誌などで幅広く活躍

AERA 2023年3月13日号