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台湾に拠点を活動する写真家・馬場さおりさんはある出稼ぎ労働者の生活に密着した。男の名は彭志維(ポン・ツー・ウェイ)。バツイチで、2人の娘を実家に預けて働いていた。
馬場さんはよく彭さんが「面子」という言葉を口にするのを耳にした。
「台湾にも『面子(メンズウ)』という言葉があるんです。男としてのプライド。それが彼のアイデンティティーの大きな部分を占めていた。それが消えてしまうと、彼自身がなくなってしまうんじゃないかって、本当に思いました」
父親は一家の中心であり、家庭を支えなければならない。そんな家父長制的な考えがいまも台湾では根強いという。
「彭志維は『ぼくは家の大黒柱。だから頑張る』と言って、本当に無理をして働いていた。体のことを考えると、そんな状態をずっと続けられるとは思えないんですが、先のことなんか、全然考えていないんです。娘たちのためにいっぱい働いて、1円でも多く稼ぎたい。そんな気持ちでギリギリの生活をしていた」
稼いで家族を養わなければならないというプレッシャー。彭さんはそのイライラをたびたび周囲にまき散らした。
戦後、日本では家父長制がほころび、さまざまなライフスタイルが尊重される世の中になった。
「でも、本当に多様性が尊重されるならば、彼のような生き方は否定できないと思う。いまの日本ではお父さんが『自分は家長で、家の大黒柱』と思っていたとしても、なかなか口に出しづらい雰囲気がある。でも、彼はそれをはっきりと言うんです。それが台湾の男性の一般的な考え方だと思います」
■出合いはエビ釣りでビール
馬場さんは昨年1月から助理教授(博士の学位を持つ講師)として台南應用科技大学で写真やジェンダー学を教えている。
彭さんと出会いを尋ねると、なぜか「私、台湾でエビ釣りにはまっているんです」と返ってきた。
あまりにも脈絡のない返事に「エビ釣りって、あのエビを釣るんですか?」と聞き返した。だが、馬場さんは、こう続けた。
「私はお酒がすごく好きなんですけど、台湾の人って、飲まないんですよ……」
台南で酒を楽しめる場所は少なく、特に馬場さんが住む大学の周辺ではバーなどは皆無だった。
「唯一、お酒が飲める場所、それがたまたま見つけたエビの釣り堀だったんです」
釣るのは30センチほどの手長エビ。プールのような釣り堀には日本の居酒屋で使われるような本格的な焼き機も置かれ、釣ったエビをその場で焼いて食べられる。
「釣り堀には全然観光客がいなくて、来るのは地元の人だけ。そこでビールを飲みながらエビを釣るんです。そんな日本人いないですよね。しかも女の人で。ははは。彭さんとはそこで会いました。たまたま隣で釣っていた」