そういう日本国内だけを見れば、きっと池江は来年に福岡で開催されるFINA世界選手権、そしてパリ五輪の代表になることはそう難しいことではないだろう。

 だが、池江が欲しているのは代表ではない。世界のメダルであり、世界の頂点だ。そう考えれば、その道のりは正直遠いのは確かである。今、世界は大きく動き始め、池江のライバルとして日本国内でも有名なサラ・ショーストロム(スウェーデン)ももうベテランだ。その力はまだ世界トップとはいえ、少しずつ若手に切り替わっている。事実、ハンガリーの世界選手権の100mバタフライを制したアメリカのトーリ・ハスケは19歳。100m自由形はショーストロムを抑えて18歳のモリー・オキャラハン(オーストラリア)が優勝を果たした。

 そういう並みいる世界の強豪たちと戦うためには、2018年の池江に戻るのではなく、さらに進化した新しい池江へとならなけれればならない。それには、残り2年という歳月は非常に短いと感じる。

 しかしながら、2020年に練習を開始して以来、たった1年で五輪代表になり、2年で学生記録を塗り替えて、それまでの自己ベストに1秒以内に迫る記録を叩き出した池江に、この2年という時間での進化を期待しないのが、どだい無理な話である。

「きっと池江ならやってくれる」

 そういう世間の声に応えてくれるのも、池江というアスリートの素晴らしいところである。

 五輪を契機に変わりつつある世界の勢力図。そのなかにあっても、世界のライバルたちに早く追いつきたい、追い越したい、ライバルたちと肩を並べ、世界中の観客が集まる最高の場所に立ち、全力で戦いたい。そして、ともに称え合いたい。きっと、池江は今もそう思っていることだろう。

 だが、もし許されるなら、一度立ち止まっても良いのではないだろうか。練習を開始したのが2020年。そこからまだ2年しか経っていないが、誰よりも濃密な2年だったに違いない。このまま走り続けたら、きっとどこかで疲れてしまう。息切れしてしまう。

 それならば、足の捻挫という予期せぬ出来事だったかもしれないが、それを利用して気持ちも休ませる時間を作ってほしい。そうすれば、きっとまた『楽しい水泳』が池江を待っているはずだから。そうして、池江が心から水泳を、レースを、トレーニングを楽しいと思えるようになったなら、その笑顔が世界を魅了するに違いないのだから。(文・田坂友暁)

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