伝説時代の帝王切開
では母親が死亡した場合、帝王切開で生児が娩出可能か。神話や伝説では、これを伝える話が少なくない。
ギリシア神話では、愛人コロニスの不貞(事実ではなかった)を疑ったアポローンが彼女を弓矢で射殺し、火葬用の薪の上で腹部から取り出した息子が後に医学の神となったアスクレピオスであるとか、大神ゼウスが死につつあるセメレの腹部から月足らずのディオニソスを取り出して自らの太腿に入れて育てたという伝説がある。ヒンズー教の神ブラフマー(梵天)も母親のへそから出現し、釈迦も摩耶夫人の脇腹から生まれたことになっている。
古代ヘブライの法律では、双子の場合、腹部を切って生まれた最初の子は長子としての相続権を主張できないという項目があり、ローマでは「妊婦が死亡した場合、腹部を切開して胎児を取り出す前に埋葬してはならない」(ユステイニアス帝法)がある。実際に死体からの帝王切開が行われていたのだろう。
ただ、母体が死亡すれば速やかに子宮血流が途絶し、数分のうちに子も死に至ることは確実なので、母体の死亡診断自体が誤り(単なる意識消失や仮死状態)で帝王切開が行われた可能性がある。