音楽界でもお笑い界でも「一発屋」と呼ばれる人が存在する。1つの作品やギャグだけが大ヒットして一時的に有名になり、その後に人気を失ってしまった人のことだ。ある時代のある瞬間にだけ歯車が噛み合い、1つのものが爆発的に流行することがある。それは、本人も意図していない形でたまたま起こったことなので、再現性がない。

 時代にぴったり合致してしまったものは、時間が経つと古臭く感じられてしまう。あるときにピントが合いすぎているものほど、のちにダサくなってしまう運命にある。

 しかし、小室の楽曲にはそれがない。もちろん、音楽的な意味で古さを感じることはあるかもしれないが、楽曲そのものが宿しているパワーのようなものは、いまだに衰えていないように思われる。

 それはなぜかというと、小室が90年代という時代の空気を捉えた上で、そこに寄り添う音楽を作っていたからだ。それは、時代を象徴するものではあっても、時代と共に古くなることはない。

 たとえば、フランスのパリにあるエッフェル塔は、もともと1889年の万国博覧会のために建設されたものだった。当時の世間の評価は賛否両論だったが、長い年月を経るうちに歴史的建造物、観光名所としての価値が高まり、今ではフランスやパリを象徴する存在となっている。

 エッフェル塔と比べるのは筋違いかもしれないが、小室の音楽にもそれに近いものを感じる。90年代に大流行した小室の音楽には、ダンスミュージックとしての軽さの中に、ほんのわずかに切なさやはかなさが感じられるところが魅力的だった。それが90年代という時代の空気だった。

 小室の音楽には、90年代の日本が真空パック状態で保存されている。蓋を開けると、あの時代の空気が漂ってくる。でも、そこで感じるのは「古い」という感覚でもなければ、単に「懐かしい」というのでもない。ただ、その時代がそういう時代であったことが、ありのままに伝わってくるのだ。

「歌は世につれ世は歌につれ」と言われるが、誰もが知っているようなヒット曲はどんどん減っているし、時代に寄り添う音楽というのもなくなりつつある。そんな中で、あの時代の小室の音楽は、たしかに時代と共にあった。

『恋しさと せつなさと 心強さと 2023』は、あの頃の小室の音楽でありながら、現代に通用するまっとうな日本の歌謡曲でもある。同時代には軽薄なイメージを持たれていた小室の楽曲は、確実に普遍的なものを捉えていたのだ。(お笑い評論家・ラリー遠田)

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ラリー遠田

ラリー遠田

ラリー遠田(らりー・とおだ)/作家・お笑い評論家。お笑いやテレビに関する評論、執筆、イベント企画などを手掛ける。『イロモンガール』(白泉社)の漫画原作、『教養としての平成お笑い史』(ディスカヴァー携書)、『とんねるずと「めちゃイケ」の終わり<ポスト平成>のテレビバラエティ論』 (イースト新書)など著書多数。近著は『お笑い世代論 ドリフから霜降り明星まで』(光文社新書)。http://owa-writer.com/

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