二階俊博氏
二階俊博氏

「ところが、ある日を境にして、和歌山県連から小谷氏へまったく連絡が来なくなった。そして突然、『なかったことに』とはしごを外されてしまった」(総務省関係者)

 方針が変わった大きな要因は、和歌山県内の21の町と村でつくる「町村会」の動きだった。8日、緊急役員会を開いた町村会は、岸本氏の推薦を打ち出したのだ。

「町や村の集まりの町村会は、それぞれの規模は小さいが、数はあるので、意見としては大きな塊になります。そこをうまく使ったのが二階先生でした。とりわけ、二階先生が地盤とする和歌山3区は町村会の21のうち、17の町と村を抱えている。二階先生は『岸本氏はしっかりやる、いい知事になる』などと伝えて歩き、岸本氏推薦へと流れを作っていった。要するに小谷氏を担ぎ出そうとした世耕先生への反撃です」

 20日には、岸本氏は自民党本部に行き、二階氏が同席して茂木敏充幹事長と面会も果たした。県連は23日の役員会前に、党本部への小谷氏の推薦願を取り下げ、外堀は完全に埋まった状態。

 役員会に出席していた県連幹部が話す。

「知事の候補者選定は、県議が中心。それが機能せず国会議員に相談しても答えを出せない。役員会では『県議がしゃんとせんから、迷走している。決められないなら、県連支部にも相談、意見やアイデアを聞くべきだ』と出席者の1人が声をあげ、大きな拍手が沸き上がった」

 町村会の意見に、

「岸本氏から推薦願が出ているのなら、なぜ話を聞かないのか」

 などと賛同する声が多かったという。

 結果的に、岸本氏と政策協定が結べるように、県連と党本部に一任することを、二階氏はとりつけた。事実上、岸本氏推薦が決まったのだ。

 これは二階氏が描いたシナリオ通りだったのだろうか。

 ある自民党幹部は、

「二階氏は、小谷氏の擁立という話が駆け巡った時はご機嫌斜めだった」

 と打ち明ける。衆院小選挙区の「10増10減」の区割り見直しで、和歌山は定数1減となる可能性が高い。

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町村会の意見に従うしかない県議