脳卒中や手術後の患者に対し、失われた機能の回復や残った機能を伸ばすリハビリテーション。近年、その重要性が注目され、超高齢社会においてリハビリテーション医と呼ばれる医師が担う役割が大きくなっている。しかし、一昔前は大学医学部にリハビリの医局はなく、学ぶ機会も十分になかった。そんななか、リハビリ医療を担う医師の育成の必要性を大学に訴え続け、08年に昭和大学リハビリテーション医学講座を開設、初代教授に就任したのが水間正澄医師だ。好評発売中の週刊朝日ムック『医学部に入る2023』では、水間医師を取材した。
* * *
お座りしかできなかったある障害児。母親は、「この子はここまでが限界」とあきらめていた。ところが月に2回のリハビリを開始したところ、手すりにつかまって立ち上がりができるように。さらにリハビリを続けたところ、両足立ちができるまでになった。
病気により車椅子生活になった高齢男性は、「秋祭りの役員として、20分だけ神社の椅子に座れるようにしてほしい」と訴えた。祭りは男性の生きがいだった。リハビリに取り組んだ結果、座位の姿勢を維持できるようになり、希望をかなえられた。
これらは、いずれも水間正澄医師が経験したケースだ。
「リハビリ医にとって大事なことは、患者さんの『できる』部分を見逃さないこと。患者さんの主体性を引き出し、専門職と協働して取り組めば、少しずつかもしれないが伸ばせる機能はある。うまくいったら、さらにできそうなことを見つけて取り組む。患者さんの変化を見逃さず、医学的管理をしながらできることをひとつずつプラスしていき、生きる希望を持てるように伴走する。これがリハビリ医の仕事です」と話す。
医師を目指したのは勤務医だった父の影響だ。医学部時代は内科医になりたいと思っていた。ところが、5年生のときの臨床実習でリハビリ医療に出合い、運命が変わった。
■養護学校で働く医師を見てリハビリ医になることを決意
当時の大学にはリハビリの医局はなく、研究も診療も整形外科の医局が担っていた。その整形外科の実習で養護学校(現在の特別支援学校)の見学があった。