ただ、彼らは普通の人間と比べると強烈に「負の感情」をあらわにする。自分の意思とは無関係に鬼にされてしまった一部の例外を除いて、鬼たちは、かつて人間社会から疎外されたことに絶望し、他者を恨み、自分の不幸だった運命を呪う。

 この「怒り」の感情が、鬼滅の世界では「鬼と人間」の境界を決定づける。これは「遊郭編」で、われを忘れるほどの「怒り」によって、禰豆子の鬼化が急激に深刻化していったことからも明らかだろう。

■禰豆子の口にはめられた竹筒の意味

 禰豆子の口には、「竹でできた口枷(くちかせ)」がはめられている。他の鬼にはない特徴だ。これはもともと、竈門兄妹を窮地から救った、鬼殺隊の実力者である、水柱・冨岡義勇(とみおか・ぎゆう)が禰豆子に与えたものである。鬼の力であれば、この程度の竹筒は容易に砕けるはずだが、「人間を喰わない」という義勇との「約束」が、この竹の口枷によって象徴的に示されている。

 さらに禰豆子は、鬼化によって、人間としての言葉を失い、かつてのような笑顔も失っていた。この口枷は、禰豆子が「人間と鬼」のどちらにもなれない存在であることの表象だといえよう。禰豆子の事例では、「口」にまつわるあらゆることが封印されており、その点が興味深い。

 ほかの鬼たちは、鬼化の後も人間の言葉を話す。ほほ笑むこともあれば、冷笑、嘲笑、高笑いなど、笑顔の種類だけでもさまざまな表情を見せる。だが、禰豆子だけは他の鬼と違い、表情が大きく変化しない。

■「笑顔」を失う物語

 笑顔を失った禰豆子のエピソードを見ると、ある昔話の話型を思い出す。ロシアの伝承文学研究者・ウラジミール・プロップは、「口承文芸における儀礼的笑い-笑わない王女の昔話について」という論考の中で、「笑うことができない乙女」について解説している。

「笑わない王女」は昔話に描かれるモティーフのひとつで、笑わない美しい姫を笑わせた者が彼女の夫になれるというストーリーである。『グリム童話集』の「黄金のガチョウ」もこの類型にあたり、黄金のガチョウにくっついて離れなくなってしまった人たちがヨチヨチ歩くしかない様子を見て、王女が笑うという物語だ。これらの昔話では「笑う」ことに、奥深い神話的な意味が込められている。

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鬼化の状態は「偽死」に近い