写真はイメージ(GettyImages)
写真はイメージ(GettyImages)

「もし検討の余地があるなら、うちの名字にすることを考えてもらえないだろうか」

 父からこの話があったのは、夫とともに私の実家に行き、両親に結婚の挨拶をしたときのことだった。夫の「娘さんと結婚したい」の言葉に、二つ返事で承諾し、喜んだ父だったが、その後に口をついて出た言葉が、前述の名字についてだった。

 この話は、私自身も初めて聞いたことで、寝耳に水だった。聞けば、「名字を継いでほしい」というのは、父の母にあたる祖母の願いらしい。祖母は若くして夫を亡くし、女手一つで商売を切り盛りしながら、幼子2人を育て上げた。祖母が長年営んできた商店の屋号には、夫である祖父の名字がつく。祖母には「名字を守り続けてきた」という自負があり、できることなら絶やしたくないという思いがあるという。

 正直なところ、重い話だった。私自身、それまで名字について深く考えたことはなく、漠然と周囲と同じように「結婚したら相手の名字になるのだろう」と思っていた。自分が名字を変えることに対しての抵抗感もほとんどなかった。だから突然、父から名字についての話があったとき、「そんな重い“荷物”を背負わされるなんて……」という思いが芽生えた。それは婚姻届を出すまでの大きな“宿題”として、私の胸に居座ることになった。

 夫には、兄弟がいない。だから私と同様に、自分の名字を選ばなければ、そこで名字が途絶えることになる。突如、名字を巡って、さまざまな思いが駆け巡るようになった。祖母の気持ちを尊重してあげたい思いもあるが、何より大切なのは、当事者である夫の気持ちだ。

 夫は夫で、先の記事の通り、自分の名字に対して複雑な感情を抱いており、祖母の話がなくとも「名字を変えていい」というスタンスだった。だが夫の父の「名字を変えるのは少し寂しい」という言葉を聞いて以来、揺れる夫の姿があった。名字とは、これほどまでに重いものなのかと実感した。夫が父の思いを聞いて揺れるように、私もまた、祖母や父の言葉を聞いて揺れていた。

暮らしとモノ班 for promotion
2024年の『このミス』大賞作品は?あの映像化人気シリーズも受賞作品って知ってた?
次のページ
どうやって決めればいいのか……