ここ2年滑ってきた「秋によせて」と「ORIGIN」は、憧れのスケーターの背中を追う気持ちで選んだプログラム。
「(2人のスケーターという)理想が高いゆえに、自分の演技として完成できないと思ってしまいました」
羽生の決意を決定的にしたのは全日本選手権だった。連戦の疲れもあり、12年以降初めて王者のタイトルを手放す。そのエキシビションで「SEIMEI」を踊ると、心が揺さぶられた。
「カバー曲とオリジナル曲じゃないですけれど、そのぐらいの違いを自分の中ですごく感じました。あの時の精神状態だったからかもしれないですけれど、ものすごく『自分でいられるな』って思いました」
年明けから練習を再開すると、再演への情熱がさらにわいた。
「正月はトロントで過ごしましたが、しばらく気持ちは立て直せませんでした。それで昔のプログラムをいろいろ滑ってみるうちに『やっぱりスケートは楽しいな』とすごく力をもらったんです。それぞれのプログラムたちに、難しさをギリギリのところまで突き詰めて、それプラスアルファで表現したい何かが残っている。それを感じたら、いつの間にか自分の感情的なものが戻ってきていました」
五輪連覇を達成した曲を再び滑ることは「比較対象が自分なので怖い」と感じたが、自分を取り戻すことが最も大切だった。
「もう少しだけ、この子たちの力を借りてもいいかなと思いました」
およそ1カ月かけて、忘れかけていた自分のスケートを取り戻していく。四大陸選手権の本番を迎える頃には、穏やかな満足感が心を満たしていた。(ライター・野口美恵)
※AERA 2020年2月24日号より抜粋
※後編『羽生結弦、4回転アクセルは「プライドとしてのアクセル」 完成までは「あとちょっと」』へ続く